寿司
「なんで寿司なんか食いに行かなならんのですか。生の魚なんか大して旨いもんでもないのに。」と四草が言った。
今日の朝飯は浅漬けていうか、今日も浅漬けていうか。
十年前やったらこれ僕の作ったピクルスですとか言って大根やら人参の酢漬けでも作ってそうな顔してたくせに、小さいナスがスーパーに並んでるて言ってはいそいそと買ってきて、気が付いたらちゃぶ台にはこないして、毎日茄子の漬物が並ぶようになった。
不思議なもんや。
『ぬか床のええのがスーパーで売ってるんで、』って喜代美ちゃんに言われて買ってきたこともあったけど、やっぱ食べつけてへんもんはあかんな。アレ、一か月も持たへんかったもんな。
もう手でのうてスプーンでもええんと違いますか、て言われてそこは適当にしてたけど、面倒見るのはやっぱ毎日で、日ごとにかき回さんとあかんかったらしい。
しかも、オレが小浜行ってる二泊三日の間もその後忘れてたていうの、気付いてて何も言って来えへんもんなコイツ…しれっと、僕も気付いてませんでした、て言いよったけど、絶対気付いてたで。
茄子の漬物を無表情にぽりぽりと齧ってる四草の顔ぼんやり見てたら、そういえばここで引き下がったらあかんかったんやった、とやっと思い出した。
「そうかてな~、ただ券貰ろてしもたんやから、しゃあないやろ。」
これでどうや、と長財布に入れてた包み紙のままのギフト券を取り出した。
金のあるところに金が流れていくていうのは道理てもんで、まあどこから流れて来るもんか、寿司屋で使えるおこめ券みたいな、つまりギフト券みたいなもんか、オレも二度目の底抜けブームの波が来るまでは見たことなかったけどな。拝金主義、ていうわけでもないけど、タダ飯には目がないこいつのこと、二つ返事で行く、て言いそうなもんやけど……。
「夏の週末の寿司屋なんか、行ったとこで混むばっかりやし、学生バイトは慣れてへんから接客下手やし、乾いた魚と乾いた酢飯合わせたもん食わされて終いですよ。」
四草はオレの搦手に対しての反論を一息で言い切って、メシを食い終わったような顔で茶碗に麦茶を注いだ。
「お前、寿司屋に恨みでもあんのか……?」
「ないですけど。」
いや、それはあるて顔やろ。親の仇見たような顔しおってからに。
長いこと付き合って来たせいか、オレのヘッドロックの餌食になる回数も少なくなって来たせいもあるんか、こういう不機嫌そうなツラ見せることも昔より少ななってきたなあ、て思ってたらいきなりこれやからな。
わざわざこの草若ちゃんがデートのお膳立てしたろていうのに、なんやねんその顔は……。
て思ってもしゃあないか、オレもこいつと出掛けるの、今更デートとか思ってへんもんな。付き合い長い分、気楽なとこもようけあんねんけど、それはそれで新鮮味がなくなってまう、ていうか。
かといって、なんやアクロバットな体位とか試すんも違うしな~、ていうので結局普段行かへんとこに行く、ていうのが一番楽ていうか。
一時期は温泉でしっぽりとかそういうのもあったけど、こいつの知ってる温泉て、ほとんど昔おねえちゃんと行ったことあるとこや、て分かってからは、絶対いやや、行かんで、てそないに言うてしもたからな。今思えば惜しいことした~ていうか。なんや他の女と行ったとこに連れてかれんのて、悔しいやんか。
じいっとただ券見てたら、麦茶を啜ってた四草が、草若兄さんこそ、と声を掛けて来た。
「なんでいきなり寿司なんですか、食べ盛りの子どもらでも連れてあちこち行って来たらええでしょう。あいつら、なんでも旨い旨いて食べますから、僕なんか連れてくよりよっぽど楽しいですよ。」
うわ~、ほんま、こいつて……。
まあ別に、オレも京都出で知ってる人間なんかほとんどおらへんのやけど、なんやこいつ時々京都もんみたいな考え方すんなあ。
いけずの度合いが後ろ向きに直進してくていうか。
まあ上方落語自体、京都の人間おちょくるためのもんやからな、稽古してるうちにそういうのが染みついてにじみ出て来るみたいなもんもあるんかもしれへんな。
夏に好きな落語家の高座に通い詰めてたら、気が付いたら地獄八景の死人に祟られてる落語好きの男の話とか、面白そうとちゃうか。今度喜代美ちゃんに逢うたら話したろ~♪
ってなんや四草、お前のそのじと目、オレの心の中読んだんと違うやろな……。
「お前、寿司屋で食うもんないていうんやったら、普通にツナマヨの巻きもんとか、つまみの奴さんとか食べてたらええんと違うか。あと揚げもんな。夏の間は、冷凍かもしれんけどハモの揚げたヤツ食えるらしいで。種類は多いことないけど、そこそこ酒も飲めるし。」
「……それなら僕も行きます。」
「ほな決まりやな。明日の夜開けとけ。」
「……なんで明日なんですか、行くのもう決まったんやから、今日でええでしょう。さっきも言いましたけど、週末の寿司屋なんか、昼も夜も混むに決まってますよ。」
「えっ……と。」
そらまあ、金曜やし、おちびも日暮亭に預けられるし、遅くまで家開けてもええなら、ちょっとその辺に入って休憩とか出来るやん、とか……そこまで言わなあかんのかい。
「冗談ですよ。」
明日がいいなら明日空けておきます、と言って四草は席を立って茶碗を洗い始めた。
「しぃ~、牛乳なくなってるから買って来てくれ。」
「へいへい。」といつもの気のない返事が返って来る。
オレも、今日は帰りにコンビニでゴム買って来よ。
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