おまえがセクシー

 HiMERUが出演した映画の興行は順調に動員数を伸ばし、来月から拡大上映も決定したらしい。たいへん喜ばしいことだ。そしてその吉報をHiMERUにもたらしたのは『Crazy:B』のリーダーかつ恋人の天城燐音だった。先程からスマホをぶるぶる震わせるチャットの通知に思わず笑みが零れそうになる。

『メルメユ』
『メルメルこ!』
『これ見た?』
『(ネットニュースのURL)』
『すげーじゃん』
『おめでと』
『俺っちがお祝いしてやるよ。軍資金稼いでくるから楽しみにまってな』

 フリックを失敗したままメッセージを送りつけてくるなんて、相当慌てたかはしゃいだか、その両方か。ともかく俺に知らせたくて居ても立ってもいられなかったのだな、と今度こそHiMERUはふふっと笑った。
『知ってますよ』
『全部スったとか言わないでくださいね』
 簡単に返信をして、スマホを胸に抱く。HiMERUは出演者なのだから、当然燐音が知るよりも前に拡大上映のことを知らされていた。けれどもあの恋人が、己を必要だと言って背中を預けてくれる相棒が、HiMERUの仕事の成功を我がことのように喜んでくれることが、こんなにも嬉しい。

 気鋭の若手女優を主演に迎え、実力派イケメン俳優が相手役をつとめ、主人公と三角関係を繰り広げるもうひとりの役どころにHiMERUが抜擢された今作。扮するのは妖艶な魅力でヒロインを誘惑するバーテンダーだ。この作品は口コミで着々と人気に火をつけていったが、その人気の一端をHiMERUが担ったのは間違いない。これは決して自惚れではなく、映画評論家からもお墨付きを頂戴している。
「メルメルってばもう、す〜っかりセクシー売りになっちまって」
 すき焼きの鍋をつつきながら燐音が呟く。宣言通り勝ちをもぎ取ってきたこの男、パチンコ屋の帰り道にスーパーで野菜とちょっと良い肉を買ってきたらしい。先に帰宅していたHiMERUは、長ねぎの飛び出した買い物袋を提げて堂々と勝利の凱旋を果たした彼を見て、そのアイドルらしからぬ佇まいにまた笑った。
「『真夜中のBUTLERS』だっけ、あれ以来演技の仕事増えたよなァ。ほんと、受けて良かったよなあれは」
「――あなたに言われるまでもありませんが、ええ、まあ概ねその通りです」
 あの時もセクシー担当とかなんとか、そんなキャラ付けで執事役を演じさせられたものだ。勿論HiMERUの魅力はその一面だけではないけれど、何かと「年齢不相応な色気がある」と評されるのはまあ、やぶさかでない。その程度にはHiMERUは子供だった。
「最近、オファーを受けるのは色気のある役どころばかりですしね。バトラーが成功したからこそでしょう」
 白菜、人参、春菊、椎茸。野菜を自分の器に取り分けながら答える。燐音も肉ばかりでなく野菜を食べるべきだと思うが、せっかくのお祝いムードに水を差すのもどうか。今日くらいは黙っておくか。
「おめェらやっと気づいたかってな〜? うちのHiMERUは美人だしかっこいいしセクシーだし、こーんなに魅力たっぷりなアイドルなんですよォ〜なんつって。ぎゃはは♪」
 ほろ酔いの燐音はえらくご機嫌だ。その上やたらと褒めちぎってくれるものだから、HiMERUは微妙に居心地が悪い。
「……。それはどうも。映画をきっかけに、『Crazy:B』にも興味を持ってもらえたら……頑張った甲斐があるというものです」
 そんな、普段なら言わないようなこともぽろっと零してしまう。今日は特別だ。燐音からの肯定は、しかし返ってこなかった。怪訝に思って手元から男の顔へ視線を移すと、真顔でじっとこちらを見られている。
「――何ですか」
「いや……」
「?」
 口から先に生まれてきたようなこの男が言い淀むのは珍しい。先を促せば先程とは一転、不貞腐れたみたいに遠慮がちに喋りだす。
「俺っちの我が儘っつーかなんつーか……」
「はい?」
「俺らアイドルなんだし、おめェの全部を俺のモンに出来るなんてハナから思ってねェけどさ。でもおめェが演技の仕事で有名になってくの見てると、なんかちょっと妬ける」
「え」
「セクシーなメルメルが皆のモンになっちまうっしょ……」
 喋りながら燐音は本当に涙目になっていった。今度は泣き上戸か。こんな酔い方をする奴だったか。何だか今日はいつもより面倒臭いな。
「今更何です。HiMERUはいつだってセクシーでしょう」
 それにあんたに言われたくない。無遠慮に大人の、それも少し危険な色香を振り撒いて、その癖生来の人懐っこさで他人を魅了して、恋人の俺がどれだけやきもきしているか知らないだろう。
「……へェ?」
 勢いで捲し立ててやれば燐音は一度はきょとんとして、それから意地悪げな笑みを浮かべて。その碧の双眸をすうと細める時、男は決まって良からぬことを企んでいるということを、HiMERUは知っている。
「俺っちに色気がどうのこうの言う奴はおめェくらいっしょ。まあそうだなァ……俺っちと色っぽいことしてンのはメルメルだけだもんな? 実際」
 今、どんな俺を想像した? 要。
 低い声で問われてHiMERUはテーブルに突っ伏した。失言。確かに燐音はセクシー路線で売っているわけではない、つまりさっきの発言はHiMERU自身が燐音の色香に当てられているという告白に他ならないということで――
「忘れてください」
「え〜無理♡」
 食事中にも関わらず箸を置いて両手で顔を覆ってしまったHiMERUの赤い耳を、「続きはベッドで聞かせてもらうぜ?」と笑い混じりの燐音の声が擽った。





(ワンライお題『セクシー/映画』)

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