What make you smile/冬弥←モブ(2024.02.16)
青柳冬弥は、あまり笑わないクラスメイトだった。
眉目秀麗、成績優秀、おまけに父親は有名な作曲家で、ピアノが弾けるときた。それに、ぎこちなくはあっても会話は返してくれるし、性格に難があるとは思えなかった。けれど、休み時間は一人で本を読んでいるし、体育の時間は必ず見学で、学校行事に至っては欠席。遊びに誘ってもピアノの練習があると断られ、厳しい親から禁止されているのだとまことしやかに囁かれる始末。しかしそれすらも噂話に拍車をかけ、「かわいそうな境遇の美形」として小学中学とずっと名を馳せていたのだった。
(それがねぇ……)
指先でタップして開いたのはバレンタインフォトコンテストのウェブサイト。『クロレ・ショコラ』と『コローレ・ミー』がコラボしていた、あの企画だ。フォロワー数の多いインフルエンサーなども参加していてずいぶん盛り上がっていたから、気になってちらちらと動向をチェックしていたのだけれど。最終日、夜になってからサイトを開いたら元クラスメイトが──表情が硬いせいで彫刻や絵画みたいとまで言わしめていたあの青柳冬弥が、柔らかな微笑みでランクインしているなんて思いもよらなかった。
嘘でしょ! と思わず叫んだし、すぐにメッセージで同級生たちにリンクを送りつけ、グループチャットは騒然となった。あの青柳くんが、という話で持ちきりになり、ランク外だったものの他の二枚の写真だってそれはもう、あの顔の良さがこれでもかと発揮されていた。そちらの二枚のほうが、わたしたちの知っている「クールでミステリアスな青柳冬弥」だったし。
『マジで面が良すぎる』
『わかる』
指先を滑らせて返信しつつ、エントリーしていたアカウント名で検索をかける。「小豆沢こはね」という名前に見覚えはないが、高校で出会った知り合いなのだろうか? どこかの写真部にでも所属していないかと思ったけれど、受賞歴のようなものは見当たらなかった。むやみに詮索するのもよろしくはないが、これで手がかりはもうない。
(女の子だろうなあ)
こはね、ちゃん。友達なのか、親戚なのか、それとも彼女? でも同年代だとは限らない。いや、あの青柳くんに? 彼女?
バレンタインに本命チョコを渡されても、校舎裏で告白を受けても、眉ひとつ動かさなかった。だけども言葉だけは誠実で、「俺はそういう感情がわからないみたいなんだ。すまない」と、綺麗な白い喉から発せられる言葉で何人が涙を呑んだことか。
「こんな笑い方するんだなー……」
たぶん、神山通りと乃々木公園で撮った写真だ。普段あまり通らない場所だが、遠いというほどじゃない。ひょっとしたらすれ違えるかも。なんて、芸能人に対しての反応みたいだ。
そういえば、昔はチョコを断るときに「甘いものは苦手だ」って言ってなかったっけ。賞品、コスメとチョコだから、日常的にメイクをするのか、それとも甘いものを好きになったか、それとも、「こはねちゃん」にあげるとか? ていうか、ただでさえ整った顔にメイクなんかしちゃったらもう! ブラウンのアイシャドウで陰影をつけられた目元に、リップで艶やかな唇なんて、これで日常を過ごされたらキラキラしすぎてオーラで卒倒しちゃうかもしれない。
今の青柳くんには、この笑顔にさせてくれる人たちがいるんだなあ。いいなー、いつか生で見てみたいなー、なんて。
嬉しそうに目を細めて、頬をゆるめて、その視線の先には何があったんだろう? 何を考えていたんだろう。どうしたら、こうやって笑ってくれるんだろう。だめだだめだ、まるで好きみたいじゃん。考えを掻き消しながらチャットアプリを開く。
『ずっと見てられる、良い写真すぎる』
『ほんとにね』
すぐに返ってくるメッセージに笑いながら、わたしはまだその写真を眺めている。
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