ご馳走様です


若い頃は、『井戸端会議とか茶飲み話とか、そういうのが人生の潤滑油なんや~』って言うお母ちゃんの言葉を、なんや年寄りくさいなあ、って思いながら聞いてたけど、この年になってくると、言われてみたらやっぱそないなもんなんかも、と思えて来る。
そうは言っても、いくつになっても世間話という括りの会話が似合わないような人もおるわけで、それ言わせたらこの人なんかは、似合わなさではピカイチというか。


月末前の金曜日。
寝床で来月のお弁当代の前金の支払いがあった。「支払い済ませに行くついでに、何か揚げ物でも食べようかな~♪」と思ってルンルンで扉を開けたら、なんや見覚えのある人がテーブル席を一人で占領してはるし……。お咲さんがチラチラとこっちに何かもの言いたげな目線をやってるていうことは、菊江さんと磯七さんのいないカウンターに一緒に移って来て欲しいというメッセージですね。
しかしながら、四草兄さんて割と面倒くさい人というか……。
「四草兄さん、こんばんは!」
「……お前なんでおるんや?」
「支払いに来て、ついでになんか軽く食べて帰ろうかな、て。夕方にお弟子さんに作って貰ったサンドイッチ食べたばかりやでぇ。」
「草々兄さん、弟子の食事のためにパンなんか買う金あるんか。」
いつもながら鋭いツッコミで。
「それが最近、うちの稽古場……ていうか借家ですけど、そこに下の子ぉがいきなり、パン焼き機持ち込んで来てえ。毎晩夜にパン種こねて次の朝に焼いてくれるんです。これがほんまにいい匂いで。小草々くんも、『僕ぅ、焼きたてのパン食べんとすぐに病気になってしまうんです、』とか言い出す始末で。」と言うとカウンターからお咲さんが吹き出す声が聞こえて来た。
えっ、今の、そんなに小草々くんに似てました?
若い頃、草原兄さんにちょっとだけ物まね芸習った甲斐が、今になって出て来たんやろか。
「そういえば、草々兄さんとこの新しい稽古場、そこそこ広いんやて?」と四草兄さんがいきなり話題転換してきた。……いつも兄弟子の惚気ばかり聞かせてしもうてすいません、て言うほど話してないはずなんやけど……今日は。
「はいい。磯七さんになんやええ不動産屋さん紹介してもろて。昔のおうちでしっかりしてるけど、暫く買い手が付かんかったせいで、廊下は幽霊出るみたいにみしみしいうし。」……そういうたら、あの子ら時々金縛りみたいに足がつる、言うてたな。台所遠いと色々遠慮がちになるでえ、ちゃんと水分取るように言って、水も飲ませんと。
「エアコン付けると、あっという間にブレーカー落ちるんですけどぉ、そのせいで立地のわりに安ぅ借りれて有難いです。」
「そうか、そら良かったな。」
「良くないです! 夏とかどないするんですか、て今からこわくて。それなら夏だけお弟子さんらを、小浜のうちに移動させて、娯楽のないとこで稽古だけさせるかぁ、て草々兄さんと相談してるくらいで。」
「あの海なら、夏は海水浴とか出来るんちゃうか?」
「……砂浴びしながら稽古するのもおつなもんやと思いますけど。」
「おかみさんのお前が今からそれでどないすんねん。草々兄さん、夏もこっちで仕事があるやろ。お目付けと指導役が両方おらんとこで稽古させても仕方ないのと違うか?」
「さすが四草兄さん、勝手に算段の平兵衛掛けただけあって、言葉の重みが違いますね。」と言うと、後から熊五郎さんの吹き出す声が聞こえて来て、四草兄さんはバツが悪そうな顔になっている。
「す、すいません……そういえば、四草兄さんが最近大きな仕事受けたて聞いたんですけど、どんな仕事なんですか。」と言うと、向かいの兄弟子はちょっと不機嫌そうな顔になった。
「………クリスマスディナーショー。」
「え? クリスマスディナーショー? 何ですかそれ?」と聞くと、ホテルでよくあるやつや、と答えが返って来た。
「歌手がテーブル回って握手したりとかするらしいけど、まあ独演会みたいに一席か二席やって、歌はまあ……カラオケ流しておいて来たヤツに好きな歌でも歌わせといたらええやろ。」
来たヤツて……それお客さんですやな。
「クリスマスに暇しとるやつなんかそないおるんかと思ったけど、烏山に聞いた有名な歌手やと、二十四と二十五日で、毎年六十から百くらいの席が満席になるらしい。」と言われて、相場の席料を聞いたら目が回った。日暮亭の夜席と桁が違うてますやん……。
「四草兄さん、これギャラて。」
「まあ一割貰えたらええとこやな。スタッフとか会場料の他にキャンセル料あっても、オレのチケットは出るはずやった俳優の半額くらいで売るて言うてたからな。」
「それでも……え、二万五千円?」
「ボロい商売に見えるか知らんけど、なんやキャンセル料もアホほど掛かるし、当日に体調崩したら、一発で終わりや。師匠やないけど、当分冷や飯食らわせられる可能性もちょっとはあるな。」
兄弟子、というより、世間一般で言っても、この人ほど、舌先三寸という言葉が妙に似合う人はいない。
そんでも、賭け事の目を動かす以外では、竹谷さんみたいに自分を大きく見せようとかそういう方向に見栄を張ったり、話を持って行こうという人でもないので、それはほんまのことなんやろうな、と心のどこかでは分かっていたけど、それにしたって。
……ホテルでクリスマスディナーショー?
「出るはずやった人どうなったんですか……?」と聞くと、四草兄さんは、ふっと口の先を釣り上げるにとどめた。
「カラスヤマのヤツが僕と久しぶりに飲みましょう、て言うから、なんや裏がありそうやなと思って寝床に来させたったら、子どもがやらかして落ち目になった俳優のせいでキャパのデカいハコが空いたんやと。」
ああ……それやったら分かるかも。
私が昔夫婦喧嘩して小浜行った後、大阪に戻ったら何の仕事もなくなってましたもんね。
(いくら四草兄さんに誕生日プレゼントあげられんかったからって、これはないんと違いますか?)て一瞬思ってしまったもんな……。
やなくて。
「ドタキャンて言っても、」
「チケットの払い戻しする体力はあるけど、会場のキャンセル料払うのは腹立つとかそういう話なんやろ。会長も久しぶりにお前がどうにかしてみいと言ったらしいんや。」
「はあ、鞍馬会長、まだお元気ですもんねえ。」
「冷や汗かいてたところに、通りがかった草若兄さんが四草でええんちゃうか、普通のタレントの半額でいけますで、てそないに言うたらしい。」
「草若兄さん………。」
「景気のええ話ならどんな仕事でも受けるけど、なんぼなんでも交渉前に人の仕事の日給ディスカウントせんでほしいで。」て。
そない言いながらも、四草兄さん笑てますやん。

「あ、若狭ちゃん、ライスコロッケ出来たで! 四草さんの仕事のお祝いもあるし、ふたり分揚げてといたから食べてって!」
「お咲さん、ありがとうございます!」

「そんなら若狭姉さん、ご馳走様です。」
四草兄さんの箸の動き、こういう時だけ底抜けに早いですね。

……私もご馳走様です……。

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