現パロ

「お?」
昼休み、近くのコーヒースタンドで買ったコーヒーを片手に職場に戻る途中、見知った後ろ姿を見つけた。
ひょろっと高い上背《うわぜい》を微妙に猫背にして歩くあの独特な歩き方は、人混みの中に溶け込んでいるようで逆に目立つから笑えちまう。
「よっ。どうだ?調子は。」
追いかけて声をかければ振り向き、ああ、と相槌《あいづち》をひとつ打った。ニコリともせずなんともそっけない返事だが、これがコイツなりの好意《こうい》の現れだ。普通のやつ相手なら恐らく返事すらしねえ。だから俺もあまり気にせず、隣に並んだ。
「にしても、寒ぃな、今日は。」
吹き付ける風にぶるりと身を震わせるが、隣の同期は平然《へいぜん》としている。不思議に思って身を屈《かが》め覗き込み、心底《しんそこ》後悔した。
「おまっ……なんつーモン着てんだよ……。」
微苦笑《びくしょう》で見上げれば、これか?なんて何の気なしに返される。
「もらった。」
そう言う声色は相変わらず単調だがどこか嬉しそうでもあり、表情もどことなく柔らかい。それだけで誰からの贈り物であるか直《す》ぐに分かっちまった。
しかし、なあ。
「よく着てくる気になったな。」
というのも、ジャケットの下に着ている温かそうなニットのチョッキは可愛らしいパステルピンクで、さらに中央にはでかでかと真っ赤なハート柄が編み込まれている。若くて可愛い女子なら兎《と》も角《かく》、いい歳《とし》したゴツイ男が着るにはそうとうな勇気がいるような代物《しろもの》だ。
幸《さいわ》いパッと見がスーツ姿なせいでそこまで存在感は強くねえが、まあ気付く奴は気付く。ギョッとした顔やドン引きする顔ですれ違っていくが、着ている本人は何処《どこ》吹く風で始終《しじゅう》無表情だ。
ただしそれは外見だけで、嬉しい気持ちは隠せてねえ。どことなくほわほわした雰囲気がダダ漏れだ。
「わざわざ用意してくれた。心意気には応《こた》えねば。」
そう言って手にしている俺と同じコーヒースタンドのカップに口をつけた。
カップから香るキャラメルの匂いが鼻をかすめる。甘いもの好きは今も健在《けんざい》らしい。
相変わらずだな、とカップに口をつけながら思う。
取り立てて変わることの無い表情に男気ある台詞《せりふ》とは裏腹《うらはら》に、ピンク色のチョッキにほんのり漂う甘いキャラメルの香り。でもそれが妙にしっくり決まるんだから不思議なもんだ。
そんなことをつらつらと考えていたら職場についちまった。受付嬢の挨拶《あいさつ》をおざなりにやり過ごし、丁度ドアの開いたエレベーターへ乗り込む。
にしても、このエレベーター、いい加減どうにかならねえのかね。箱の中の天井に対して出入口が小さすぎる気がすんだよな。
なんて己の長身を棚に置いて心の中で悪態《あくたい》をつきながら入口をくぐると、ガンッととてもいい音が聞こえた。
――もしかして。
そろそろと目線を後ろにやれば、さっきまで隣を歩いていた男が出入口の鴨居《かもい》に思いっきり額《ひたい》をぶつけている。
……だよなあ。やっぱぶつかるわなあ。
痛い、なんて少し悲しそうな声で言いながら額を押さえてくぐってきたヤツに、呆《あき》れた視線を向けた。周囲の同乗者もどこか心配そうな顔で見あげている。
「おいおい、大丈夫か?結構《けっこう》いい音してたぞ。」
「痛い。」
「まあ、そりゃ痛ぇわな……。てか、なんで俺が無事でお前がぶつけてんだよ。」
俺のが身長高ぇのに、とからかい混じりにツッコみゃ、何故だろうか、と首を傾《かし》げた。いや、それは俺の方が知りたいわ。
離れた手の下、ぶつけた拍子に切ったのか、じんわりと血が滲《にじ》んでいる。やれやれ、世話やけんな。
ため息混じりでジャケットの内ポケットからシガレットケースを取り出し、ギョッとする周りの目を他所《よそ》に片手で蓋を開けた。
「ちと持っててくれ。」
そう言って一旦カップを預け、中のモンを1枚引き抜く。
「ほれ、そこ貼っとけ。切れてんぞ。」
預けたカップ受け取り代わりに絆創膏《ばんそうこう》を差し出しせば、目を少し見開き素直に受け取った。
「ありがとう。」
「どーいたしまして。」
口端《くちはし》だけでうっすら笑い礼を述《の》べるヤツへ、おざなりに返事をしながら点灯する表示階を見上げる。
目的の階まであと少し。今すぐ適当に絆創膏を貼りそうになっている同期に、後でトイレで鏡みてやれよ、とツッコミながら、エレベータの扉が開くのを待ち続けた。

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