あのゼリー
「おかしをくれなきゃいたずらするよ~!」
「草若ちゃん、お菓子ちょうだい!」
「えっ、なんやなんや……?」
高座終わって寝床で昼飯食って事務所のソファでぼーっとしてたら、目の前にシーツお化けちゃんがふたぁり。
背丈と声からしてこら中身はオチコちゃんとうちとこの子ぉやな。
なんやさっき事務所のノブガチャガチャ言わせる音聞こえて来たと思ってたけど、これもしかして、目の前も見えてへんのと違うか?
即席の可愛い仮装やけど、鋏使うて目の周りだけくり抜くとかは……まあ洗濯したての匂いもするし、勝手に穴開けたりしたらあかん感じか。あのお能の面ですら、一応は小さい目ぇになるとこが空いてんのやけど……。
「新しめのシーツ、床引きずってたら怒られるんとちゃうか? どないしてん?」とソファから起き上がって頭を掻く。
なんやお化けちゃんふたりの手提げの籠に、もう色々入ってんなあ。
ひいふうみいよ、ビスコに飴ちゃんにラムネにキットカット……ポッキーの箱全部て、お化けちゃんやのうて山賊かいな。
「せやから、寝ぼけてる草若ちゃんに何言うてもあかんて言うたやないか。」
「そうかて、ええ大人ならポッケに飴ちゃんくらい持ってないとあかんわな、て草原師匠かて言うてたし……。」
いきなり目の前でこしょこしょとお化けの相談が始まってしもた。
聞こえてるで、とは言うても、こっちは聞こえてないふりしたらなアカンのか?
喜代美ちゃん、煎餅みたいなお菓子も湿気るから餅吉のアルミの缶の中に戻しときます、てこないだ言うてたけど。そのカンカンどこやねん。引き出しの中かそれとも戸棚のとこか……。
見えるとこのお茶セットの横には置いてへんな。
なんや、こないだまではこの辺におばあちゃんのゼリーみたいなヤツ菓子器に入れて置いてたけど、ちいこいネズミが来て全部食われてしもたていうてたな……。オレにはえらいでっかいネズミに見えるけど。
「今日の草若ちゃんは飴ちゃん持ってへんから好きにいたずらしてええで~。」
ほれほれ、とごろんと横になった。
「ええ~、そんなんつまらん!」
大人の毎日はそんな毎日おもろいことないで、とか言うたら、未来の落語家志望がおらんようなってしまうかもしれへんなあ。
『お前はまた、うちの子どもに余計なこと言うて……!』て草々に怒られてまうわ。
あいつほんま、子育ては放任というか責任放棄して喜代美ちゃんと木曽山の小草々に何でもやらせてるくせに、こういうときだけ大きい顔しくさって……まあオレもこういうの楽しんでやっとるからええけど。
それにしても、お化け会議長いで……いたずらせえへんなら寝てまうで……。まあこれで額に油性マジックで肉とか書かれたらどないすんねんて話やけど、まあそうなったら諦めるか喜代美ちゃん呼んで化粧してもらうしかないわなあ……。
磯七さんとこの床屋の予約、来週にしといて良かったでほんま。
ふあ。
今週はずっと日暮亭の出番やったけど、稽古はキツいし、あと一日やからもうええでしょうとか言うドアホのせいで足の付け根も腰も膝のとこもまあほとんど全部が底抜けに痛いていうか。大人は夕飯の支度までに一眠りしたいんやで。
「アカンわ……草若ちゃんも三年寝太郎の素質あるし、お化け仲間てことでええやろ……。」と大きい方のお化けが言った。
お化けのくせに随分理性的やの~。さすが四草の血が入ってるていうか。
「そうやな~。草若ちゃんもラムネ一緒に食べる?」
懐かしのクッピーラムネやで、と言われてパッと目が覚めた。
「食べるで!」
「あ、起きた!」
「したら、ぎゅっと詰めて頂戴ね~。」とちいこいお化けちゃんがお化けのシーツを脱いでしもた。
「なんや、お菓子のカツアゲ行脚、これでしまいか?」と言うたらカツアゲのとこで大きいお化けが小さい子の耳を塞ぎに掛かった。
「後でオレが洗濯したるから、そろそろシーツ脱いでもええで。」と言うと、大きいお化けはこくりと頷いて、シーツから顔を出した。
「はあー、苦しかった。」
しっかしまあ、ほんま子どもは何でも流行りに乗っかるなあ。
たくさんのお菓子もろて……って今日オレが食べられへんかったゼリーも入ってるやないか。
控室にもう飴ちゃんしかなかったと思ってたけど、前座のあいつらがポッケに入れて持って帰ってた可能性あるな。
これで今日の夕飯はしまいにしてええか、て訳には行かんけど、量ちょっと少なくしてもええかもしれへんな。
「僕からはこれ、オチコのとこのおばちゃんにもろたキャラメル。草若ちゃんに上げる。」
まあ、ゼリーでなくてもええか。
今度オレも、あのゼリー買うてオバハンとこに持ってったろ。
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