Adventurer/シピ+コメット+主人公(2020.9.5)
たし、たし、と顔を叩かれて目が覚めた。うっすらと目を開けると、どこか不満気な黒猫の顔が目に入った。目を覚ましたことに気がついたのか、しっぽの先で柔く頬を撫でられる。特にやることの多くない船内では、以前のように擬知体に起こされることもない。毎朝鳴っていたサイレンにも辟易したものだ。
猫らしく、シピは人間よりも早く目が覚めるらしい。コメットも朝は早い方らしく、キビキビと起き出してくる。なにもないとはいえど、毎朝食堂で顔を合わせることになっているから、シピは時折、ベッドに乗り上がってくる。
上体を起こすとひょいと肩に乗ってきた頭に指を触れさせながら、食堂まで歩く。おそらくもう一日ほどで目的の星に着くだろう。これまでの冒険に危険がないとは決して言えなかったが、なんとか三人とも欠けることなく今日まで来ている。四肢の一本や二本くらいは積んである医療用ポッドで快復するため、胴の部分さえ船に持ち込むことができれば死ぬことはない。それが一番の難題とも言えるが。
「おはよ! シピも、そっちにいたんだな?」
コメットはすでに席についていた。やはり先に起きていたらしい。フードプリンターを起動させ、二人分の朝飯とキャットフードを出力する。小さな船だから簡素な食事ではあるが、D.Q.Oにいたときよりはうまい飯が食べられる。ここにしげみちがいたら食べさせてやりたかった。
「沙明とオトメから船に連絡が来ててさ。すごいよ、僕にはちょっとよくわかんなかったけど」
空中に投影されたモニターを覗くと、学会発表というワードがまず飛び込んでくる。二人は動物の知性化の研究に関わり始めた、ということを別々に聞いていたのだが、つい先日再会したらしい。沙明のほうはあの性格で、オトメのことなど眼中になさそうにしていたのだが、添付されていた画像には仲良さそうに肩を並べている様が切り取られていた。
足元で皿に顔を突っ込んでいたシピが怪訝そうな顔をして見上げてくるので、モニターの位置を低くしてやる。長くなった舌でグルーミングしている姿もずいぶん慣れたものだ。三人、もとい二人と一匹で旅に出て以来、仲間の顔を見るのは久しぶりだった。とはいえ、他の乗員の中にはループの記憶はない以上、奇跡的に生き残った中での知人のようなものだ。
「あとほら、こっちも。ジナとSQからメッセージ」
新しく表示されたのは、画面いっぱいに詰めているSQと、表情が読み取りにくいながらも柔らかく微笑んでいるジナだ。こちらは順調ですという言葉と、SQが探偵になることを決心したと書かれていた。
「タンテーって、なんでだろうな? そういうの好きだったっけ?」
わからない、と答えると、だよなあ、と返された。SQは演技力にすぐれていたが、直感やロジックにはあまり優れていなかった。ジナの元に行くことでなにかあったのだろうか、と考えてみても、理由はわかりそうにない。
とはいえ、あのあとを聞くことができるのは良い。たとえ誰も知らずとも、自分とセツで守り切ったのだ。全員を救いたいと言ったセツの気持ちに応えるには、みんなが幸せに暮らしていることを祈るほかない。
小さな圧力が足に掛けられてしゃがみ込むと、シピがあるニュースを表示していた。ここの機器類は、出発直前にレムナンに手を加えてもらい、猫の肉球でも反応するように変えている。画面にあるのは、当のレムナンが向かったはずのグリーゼ船団国家で革命が起きたという内容だった。だが、その反政府組織の情報は明らかにラキオとレムナンに一致している。まさか、ラキオが革命を起こしたのだろうか……?
心配になる知らせではあったが、ラキオのことだからきっとうまくやるのだろう。レムナンも。みんなそれぞれ、なんらかの知らせはもたらされている人が多い。こちらも、なにか大きなことがあれば連絡をすることもあったが、なにぶん気楽な性分ゆえ、ゆるいものになりがちだ。
「まぁ、みんな元気でやってるんじゃない」
ふわ、とあくびをしながらコメットが言う。こちらから報告できるものはないか、と尋ねると、少し考え込んだあと、にや、と笑う。
「ま、これから作っていけばいいんじゃない? 冒険家コメットの物語を、さ!」
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