西瓜の話
「いつものお客さんにもろたのあるから、二人とも好きなだけ食べてええよ。」
「今日のスイカ身が詰まってて美味しそうー!」とこまっしゃくたれたことを言っているオチコの横で、草々おじさんが「若狭、お前も片付けは後でええから、はよ座って食べえ。」と言って、言った端から、先食ってるで、と言って食べ始めた。
もしかして、草々おじさんてめちゃめちゃ西瓜好きなんかなあ。
おじさん、そういうとこ、草若ちゃんそっくりですね、て言ったら、こないだみたいに変な顔される気がするから止めとこ。
「それにしても、草々おじさんの切った西瓜、いつもながら定規で測ったみたいにピシッと長さが揃ってるなあ。」と感心してたら、隣からオチコのおばさんが「草々兄さん、昔はほんまに定規で長さ測ってたんやで。」と言った。
なんでそこまで……て顔をしてたのが顔に出てたんかな。
「お前かて、俺みたいな目に逢うたらこんな風になるわ。昔っから小草若のアホが横から手を伸ばしてきて、俺が狙ってたデカい方取って先に齧り付いてるねんで。腹立つから、こないして同じ大きさに揃えるようになったんや。」と言われて、オチコのおばさんがあっという顔をした。
「あかん、私、正平に同じことしてたかもしれへん……。」という言葉に、「正平のヤツがそんなしょうもないこと、いちいち引きずってることないと思うで。」と草々おじさんがスイカの種をぷっとボウルの中に吹き出した。真似してオチコも種をボウルの中に吹き出してる。
ちなみに、正平さんていうのは福井で学芸員やってるオチコの叔父さんや。
若狭叔母さんの田舎の小浜から遠く離れた恐竜博物館で働いてて(福井って僕が思ってたよりずっと広い)、僕がオチコの田舎のうちを訪ねて草若ちゃんと一緒に行くと言うと、時々お酒持って先に来てて、お酒飲んだら料理出来へんからなあ、て言いながらジャガイモと人参の仰山入った美味しいカレー作ってくれる。
夏場のカレーって、ずっと煮込んでないと食中毒になりやすいんやって、て僕がいうと、ガッコのセンセが時々するような、子どもが生意気言うな、て顔は全然せえへんくて、にこにこの顔で、ちゃんと冷蔵庫入れとくわ、と言ってくれた。
正平おじさんとか、お父ちゃんのこと見てると、男でもエプロンの似合う大人てええなあ、て思う。
なんや草若ちゃんがエプロン着てると色もんていうか、それだけでなんや漫才やってる人みたいやなあ……ていう気持ちになるけど、あれはなんか、背が高いからそないに見えるんやろか。
この間買ってきた水玉のエプロンはなんやちょっとやり過ぎていうか。オチコのおばちゃんやったらもうちょっと似合う気がするねんけど、て思ってたら、お父ちゃんも厳しい顔してるし、子どもに変なもん見せんといてくださいて言うてたし。……あれ。何の話やったっけ。
「まあお前が考えるように、正平もその頃は子どもやったな。あいつの達観て、案外そういうとこから生まれたんかもしれんな。」と草々おじさんに言われて、オチコのおばさんがますますしゅんとした顔をした。
「そういえば、普通は師匠とかおかみさんに先に美味しいとこ食べててもらうんと違いますか? 私、そういえば、師匠とは一緒に西瓜食べたことない気がします。手元不如意ていうか、ずっとお金なかったし……。」
「そうやなあ、おかみさんはよう食べてはったけど、師匠はあんまり西瓜は好かんかったな。キュウリに味噌漬けて食べる方が旨いて言って。」
「そうなんですか。」
そんな会話を聞きながら赤い西瓜に齧りつこうとしたら、横からにゅっと手が伸びて来た。
いきなりなんやねん、と思ったら「こっちのが美味しいよ。」とわるびれない口調でオチコが西瓜に塩を掛けて来た。
小さい食卓塩。
何で置いてあるんかと思ったけど。
「あっ、お前何すんねん。」
僕の西瓜やぞ!と思ったけど口利いてる間にもっと塩掛けられたりしたらかなわんから、とりあえず西瓜に齧りつくことにした。
なんかしょっぱいなあ。
甘味が強くなるて良く言うけど、そもそも今の西瓜、そんなに甘くないことあるんやろか。
「……僕やなかったら頭叩かれてるぞ。」と西瓜食べながら言うと、「ええ~なんで、スイカに塩振ったら美味しいやん。」というとぼけた答えが返って来た。
「そうかて、西瓜に塩振るの好かん、て人もおるかもしれんやん。僕はあんま好かんし。」
「そうなんや?」
なんでそこで最後にはてな、て顔すんねん……お前がそんなんやから、僕が𠮟りにくいやん、と思ってたら、ごめんねえ、とオチコのおばさんが言った。
「残り食べれるか?」と草々おじさん。
「あ、はい。」
「まだ冷蔵庫に入れたのあるから、それと取り換えたってもええぞ。」
「いえ、あの、そこまでは。」
「オチコ、お前もええことしたってると思ってへんかもしれへんけど、謝れ。」
「ええ~~。」
「なんや、自分がええことしてる、て思ってても、そういうのは自分の頭の中だけで完結してたらあかんのや。」
「どういうこと?」
「相手が自分とは違う人間や、てことや。」と草々おじさんは言った。
「そんなん当たり前やん。」とオチコが言うと、草々おじさんはオチコの頭に拳骨を落とした。
「あいたっ!」
うわ、痛そう。
「お前にはそれが分かってへんから、あのスイカに塩掛けたんや。」
いや、そこまでして欲しいて僕言ってませんから。て、なんや怖いから言い辛いんやなあ。
今日はオチコのことを身を挺して庇ってくれる小草々くんもいてへんし、お弟子さんらもおやすみやから草々おじさんのストッパーがおばさんひとりやとこないな風になってしまうていうか。
オチコも気楽に生きてる気がするけど、やっぱ僕より大変やんな……お塩のことは水に流したろ。
「そうやで、オチコ、あんたがええて思ってても、相手にしてみたら勝手に塩振られた~て言う気持ちになって、そういうのが後々の禍根を残すんや。本能寺の変もそういう理屈で起こったんやで。織田信長が生きてはったら、大阪城はもっと小さいお城やったかもしれへん。」
「ええ~~。お母ちゃん、それどういう理屈?」
「僕もそう思います。」
オチコのおばさん、いちいち言葉が時代劇っぽくなることがあって、考えもなんや飛躍するていうか、これもふだんから落語の話ばっかり考えてるせいなんやろか。
あのテレビに出て来るおばちゃんにちょっと似てるんや。
とりあえずもうひと切れ、と思って一口齧ったところで「うちのおチビおるか~?」と玄関から声が聞こえて来た。
「あっ、草若ちゃんや!」と言ってオチコが飛び上がった。
「草若ちゃん、一緒にスイカ食べよ~~~~~~~!」
スイカの「カ」のとこで、もう席立ってるし、素早いな……。
「こら、オチコ、食べてる西瓜全部食べてから行きなさい!」とおばちゃんも素早い。
僕もそう思う。
「おお、草若来たんか。西瓜あるで、はよ来い!」
おじさんも最後のひと口食べてから、頬に新しいほくろ付けたまんまで席立ってるし、皆どんだけ草若ちゃんのこと好きなんやろ。
ま、ええか。
僕も一緒になってお出迎えしよ。
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