白夜の幽霊

「眠るんだ。アガニョーク」
耳元で、声が低くささやいた。

ひどく疲れていた。
部屋に帰り着いたときにはすでに0時を回っていた。ベッドに倒れ込んで清潔なシーツの上に横たわると、もうまぶたを開けることはできなかった。そこで、ゾロトフの声を聞いた。まるでそばにいるように。
暗闇のなかで、自分の体の規則正しい呼吸の音を聞くだけの時間が過ぎる。眠りに沈みかけた次の瞬間、ひた、と額に触れる手を感じた。皮膚と皮膚がたった一点で触れあう淡い感触を最初に感じ、次に額をぐっと押されるような力を感じた。
ほんの数秒後、指は力を抜き、額をゆっくりと下り、眉間をすっと撫でた。皮膚の上に、微かな感触が残る。鼻筋をなぞられ、指は唇を過ぎる。唇の薄い皮膚に、ゾロトフの指先の温度が伝わって、水滴が染み込むようにじわりと広がったような気がした。
指はそのままなめらかに皮膚の表面を滑り、頤の輪郭をなぞる。指先が喉へと移動していくのを感じながら、息を軽く止めそうになったが、体は意識についていかず、変わらず規則正しい呼吸を刻んでいた。
ああ急所を晒しているな、とぼんやりした片隅で思ったが、体は指先さえぴくりとも動かなかった。
喉のうすい皮膚をなでられる、かすかな感触。その感覚を最後に、指は離れていった。
「眠れ。眠るんだユーリ」
わずかに触れ合う感触が消えた後、最後に体に残ったのはその声だけだった。
ああ、と思う。
ああ、ああ、ああ、と。
後には、深い眠りが待っている。

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