また来てな


「おい、草若、お前ま~た家出してきたんかいな。」
「うっさいわい。可愛い子の顔見に来ただけじゃい。な~♪」
「うん! さっきまで絵本の絵、見てもらってたん!」
「この子、絵も上手に描けとるし、ほんまに偉いわな~。喜代美ちゃんそっくりや。オレなんか、この年の頃、スーパーカーのレプリカ持って遊んでただけやったのに。」
「ありがとう、草若ちゃん。」
もっと褒めてええねんで、と言うと、調子に乗るな、とお父ちゃんが私の耳を引っ張った。
暴力反対!
「しかも、なんで若狭にそっくりやねん。」
「……お前、恐竜の絵しか書けへんやんか。」
オレかて絵くらい書ける、てお父ちゃんほんま草若ちゃんの前では威勢がええていうか……。
私が落語に出て来る狸さんとか狐さん描いてや、てねだっても、絵なんかよう描かんで、若狭に頼め、て渡したクレヨンをほっぽり出して逃げ回ってたくせによう言うわ~。
まあここで口挟んだら梅干しされるからやらへんけど……。
お父ちゃんが四草師匠やったら、まあ絵は描いてくれへんかもしれんけど、余計なこと言わずに好きにさせてくれるんやろうなあ。
うちには落語の絵本がたくさんある。私が赤ちゃんの頃に草原おじさんから貰ったものらしいけど、草若ちゃんにこれ読んで、あれ読んで、て言うたびに、『上方落語の絵本もあればええのにな~。』ていつも言うてる。
そんなん誰かが作るしかないやん、て思ってるけど、絵本の絵を描く人も、出版社の人も、誰もそんな風に考えたことはないみたい。
お母ちゃんに似て絵はほんまに下手やけど、この絵本の絵とか見てたら、本屋さんにずらっと並んでる漫画描くよりずっと簡単そうやし、私にでも出来るんやないやろか、て思ってしまう、てこの間エーコおばちゃんに言うたら、自分でやってみよう、て気持ちが大事や、いつでも好きなときに始めたらええわ、て言われたし。ほんまエーコおばちゃんていい匂いするし、美人で優しいし、素敵な人やなあ。(なんでお母ちゃんと友達なんやろ。この世の七不思議過ぎる。)
芸術の秋、いつから始めようかな~、て思ってるけど、なんや、昔の時代劇に出て来るような服って案外難しいんよね……。
水玉とか縞模様とかあっても、なんやもっと地味な色ばかりみたいやし。
パンダが背中におる羽織を羽織ってる佐々木信濃守とかおらんわ、どうせなら海遊館に居るサメとかエイとかにしたらええんと違うか、てお母ちゃんに言われて、私、今ちょっと自信喪失中ていうか。

草若ちゃんは、いっつも『家出て言うな。』とか『家出と違うで。』て言うけど、毎回毎回四草師匠が迎えに来てくれるの見てると(一応十回に一遍くらいはタクシー呼ぶときもあるけど)ほんま説得力ないし。
今日も切りのええとこで帰り支度するきっかけ待ってるんやろな、お父ちゃんはお酒飲みたい時だけは引き留めるんやけど、今日は違いますように、と思って見てたら、「はよ帰ってあいつと仲直りせえ。」とお父ちゃんが言った。
はい、拍手。よく出来ました。
誰のことかは言わへんけど、草若ちゃんて、四草師匠と喧嘩して来たときくらいしかうちに顔見せることがないってこと、お父ちゃんも明らかに分かって来てるなぁ。
「まだええやろ。」
「ええから早う帰れて。後で雨降って来るて言うてたぞ。」
草若ちゃん、劣勢やなあ。
「草若兄さん、今日はまあ……明日も仕事あるんやから帰った方がええんと違いますか。」と言ってお母ちゃんがパジャマになって出て来た。
「喜代美ちゃ~ん、そない言わんとここに置いてくれ、な。」
どっちか言うと草若ちゃんは車持ってても自分で運転すること少ないし、お迎えは基本的に四草師匠の仕事で、草若ちゃんのこと電柱から離れない散歩中の犬みたいにして引っ張っていく。ぬいぐるみみたいにして大人しく抱えられて家に戻る感じとは違うから、四草師匠はいっつも大変そうに見えるけど、もう慣れっこになってるんやろうなあ。
「草若兄さん、帰るんなら、この間の打ち上げの写真そこの箱の中に入ってるでえ、好きなの持ってってください。後はいるのといらんのと分けて捨ててまうから。」
いや、帰らへんで、て言ってた草若ちゃんが、写真、て言われた途端に耳がピンと立った近所のヨークシャーテリアみたいになった。
「あ、四草のもあるからついでに持ってけ。」とお父ちゃんが言った。
勿体ないと思うけど、アルバムに入る枚数限られてるし、お母ちゃんがお父ちゃんが酔って寝てる写真とかこっそり取っておいて、いつものアルバムやのうて別のとこに仕舞ってるの知ってるし。もっとええ写真あるのに、目を瞑ってる写真がええとか、大人ってなんや分からんなあ……。
「打ち上げの写真かあ。」
「他のはみんな配り終わってしまったから、残りはほとんど草若兄さんと四草兄さんと、……ピンボケの写真もあるから、ほんまに欲しいのだけでええですよ。後は捨てますし。」
中に入ってる茶封筒使ってええですよ、と言ってお母ちゃんは夏の終わりの麦茶を出して来た。
「ロビーに飾ってんの、普通の写真よりデカいからなあ、安うなと買える普通のアルバムやと入りきらんし、デカいアルバムにすると場所取るし、どうせ大人の写真ばっかやし、もう全部日暮亭のサイトにでも置いといたらええんとちゃうか?」
「そんなん言わんと、お願いします。」
「そうやで~、草若ちゃん。お母ちゃんの作るサイト、セキュリティゆるゆるやもん。」
「そういえば、前のときはあいつが写真持ってきたけど、『こんなんでも、あれば葬式の時に使えるかもしれませんし、』とか言うんやで。信じられるか?」
「……うっ。四草兄さんらしいていうか……。」
お母ちゃん、ピンボケ写真を擦られてると思っての流れやとはうちも思うけど、草若ちゃんのその顔にその返しはあかんと思うで……。
「そういえば、写ルンです、てまだあんねやなあ。今はもうどこ行ってもデジカメ族やし、もう絶滅してしもたかと思ってたわ。」
「そうなんですよ。前はうちも使ってたんですけど、フィルム買う必要ないしと思ったら撮りすぎてしまうから、あのくらいの枚数で丁度ええていうか。」
「したら、これとこれ……オレも寝てたやん。」
草若ちゃん、顔に落書きされるような年でのうて良かったわほんま、とか言ってる。大人の飲み会って、何なんやろ……。
ぼんやり写真を見てた草若ちゃんの顔が妙に赤くなってるように見えるけど、何やろ。
「……これ、オレか?」
「そういえば、四草兄さんが涎隠せるから、てジャケット掛けてくれてはりましたから顔写ってないですけど、それも草若兄さんの写真ですねえ。なるべくたくさん持ってってください。」
「おう。」とぶっきらぼうな返事してるけど、なんやお客さん、照れてはりますか?
あ、明らかに草若ちゃんの車の音、て分かる大きなエンジン音がうちの前から聞こえて来た。
もしかして、この音が私より先に聞こえてたのかもしれへん。
流石、草若ちゃんやなあ。
おたふく風邪になったおとうちゃんの代わりにいつもの鴻池の犬を高座に掛けて去年の日暮亭の『ベストオブ犬で賞』をもろただけあるわ。
「おい、草若、そろそろ荷物纏めえ。」とお父ちゃんが言った。
「また違うとこの車かもしれへんやろ。」
いそいそと帰り支度をしている草若ちゃんの背中を見て、お母ちゃんが(ほんまに素直やないんやから。)と言わんばかりの顔になってる。
おやすみなさい、また来てな~、て言っても、今はもう聞こえてへんかもな。

powered by 小説執筆ツール「notes」

27 回読まれています