うたた寝
草若兄さん、そろそろ起きてください。
最近またお稽古サボってますけど、もっと草若の自覚持ってしっかりしてください、て……お前、昔とちょっとも変わってへんな、その物言い。
もうオレが草若になってしもてるし、いつお稽古してもええやんか。
お前がそんな、鯖の着ぐるみ着てうるさく説教したとこでこっちは痛くも痒くもないねんで。
オレが好きなときに稽古するし、オレが今こんなに眠いの、お前とお稽古以外のことしてたからやないか。
シーソー、おい、聞いてんのか。
その着ぐるみオレのやて。
はよ脱げや。
……脱がんとええこと出来へんぞ、なあ。
ふご、という自分のいびきで目を覚ましたら、部屋の中はしんとして、ウチの前の道を通って学校から帰宅する途中の子どもらの声が聞こえて来た。
なんや、夢か。
もう十年前くらいの真っ黒の髪の四草がいつものオレの着ぐるみ着てる夢とか、あ、これ夢やな、て途中で気が付いてもええくらいやのに、なんぼおかしいても、夢が夢やて分からんもんやなあ。
あいつも、あの頃のずっと腹立ててるみたいな生意気なツラしてんのに、言うてることはいつもとおんなしやから、笑うタイミング全然なかったていうか。
一緒に暮らして長いねんから、夢の中でくらい、もっと優しいしてもええやん。
普通のオトコなら、シた後でいつもより優しいなるて聞くのに、あいつ全然やからな……パジャマの襟元のボタン上までかっちり止めて、こっちはくっついて寝たいのに、離れてくださいとか言うし。
まあいつおチビが入って来るか分からへんけど、最近は雷怖いから一緒に寝てや、て言うことものうなったやん。
ふあ。
もうひと眠りしよかな、て思ったけどこの時間あかんな、おチビが外から帰って来てまうわ。
シャワー浴びて、おやつ食べさせてから、夜席の仕事に出掛けんとあかん。
あいつは昼の仕事やから入れ替わりていうか、ほんまは同じ日の出番やったら、車の燃費のこととか考えたら二人して同じ時間帯がええねんけど、二人ともトリで出て貰わなあきません、て喜代美ちゃんに言われてるからなあ……。
『久しぶりに子褒めで前座の草若ちゃんでもええんやで、オレは、』て言うたら草々からアホほど叱られるし。
冗談とちゃうし、オレももう五十手前やねんけど……。
あかん、茶ぁでも入れて、頭切り替えよ。
妙にぬくいな、て思ってたら、肩にかけてあったらしいどてらが、身体を起こすとずり落ちて言った。
「……これやっぱぬくいなあ。」
引越しの時にも、奥の奥の方に仕舞いつけてたどてらをどこからか見つけて引っ張り出して来たのは四草で、綺麗に洗って干して乾かして。
草々の座布団干してた昔の喜代美ちゃんみたいなことしくさって。
オレに寒いから着ててくださいていうのも、オヤジのどてら着てるとこ、お前が見たいからやろていうか。
そんなにオヤジのこと好きなら自分で着たったらええのに、何でオレに着せたるねん。
もう~~~。
腹立つから緑茶止めて、オレも牛乳にしよ。
カルシウム取って、背ぇ伸ばしてあいつを見下ろしたる。
ホットケーキも焼いて、めちゃめちゃバター乗っけておチビとふたりで食べたろ。
あいつひとりで冷めたホットケーキあっためたらええんや。
メープルシロップ買って来たばっかやし、そないしよ。
だいたい、どてらてこのままエプロン着るのにも邪魔っけやねんな。
あいつに見せる訳とちゃうし、まあええか。
草若ちゃんのホットケーキ屋さん、ただいま開店やで。
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