コズプロの秘密様と副所長様と

 耳に馴染んだ終業のチャイムが鳴り響くと学園内はにわかに賑やかになる。限られた優秀なアイドル達の学び舎もこの時ばかりは騒々しく、一般的な男子校と何ら変わりない。
 秀越学園3-S、ホームルームを終え多くの生徒が教室を出て行った後も、HiMERUと七種茨のふたりだけが顔を突き合わせて何やら話し込んでいた。コズプロ擁する人気ユニットに各々属する彼らは仕事で学園を空けることも多く、こうして共に過ごす姿を目にすることは珍しい。その端麗な容姿も相まって、ふたりがセットで存在する空間には大輪の薔薇が咲き乱れ澄んだ泉が湧き鳥は歌い空には虹が架かる――という光景を幻視する者が後を絶たない。そんな見目麗しいアイドルの星である彼らが何を真剣に話し合っているのかと言えば、事務所がファンに向けて発刊している会報の内容についてであるのだが。
「――副所長。HiMERUはあなたの雑務に付き合っていられるほど暇ではないのですが……」
「これはこれは他人行儀でありますなHiMERU氏。ここは事務所ではないのですから、もっと気安い呼び方でも構わないのですよ? 自分とHiMERU氏の仲じゃないですか☆」
「……。はあ。七種。これで満足ですか?」
「あっはっは! あなたの心底鬱陶しそうな顔が見られて満足です! それはそれとして、もう少しお付き合いいただきますよ」
 ぱら、と茨が写真の束を捲る。次号で『Crazy:B』の特集を組むから写真を選んでくれないか、と教室を後にしようとしたHiMERUに声を掛けたのがおよそ三十分前。デジタルデータではなく紙に印刷したものを大量に持参しくっつけた机の上に並べた茨は、渋るHiMERUを報酬のシャインマスカットのパフェで釣って一時的に協力させることに成功したのだった。
「いやあ猫の手も借りたい状況なのですよ実際。これだけ写真があると、さすがの自分も何が良くて何が良くないかさっぱりですので……メンバーに意見を聞いた方が手っ取り早いでしょう。さあさあどんどん仕分けしてくださいね! 使うものはこちら! 使わないものはこちらの紙袋の中へどうぞ!」
 てきぱきと動く茨は、しかし実際写真のチョイスに関しては全くお手上げらしく、椅子に腰掛け写真を手に取っては分別していくHiMERUの後ろに立ちせっせと肩を揉むなどしていた。せめてもの気遣いなのだろうか。
「……」
「おや」
「――なんですか」
「おやおや~?」
 ひょいと、HiMERUが〝使わない〟に仕分けしようとしていた写真をその手から奪った茨がそれを顔の前に翳す。ライブのオフショットだろうか、舞台袖らしき場所でカメラを向けられた天城燐音が、眉尻を下げてにへらと笑っている。茨の目には彼のその表情が大層珍しいものとして映った。同時に、これを使わない手はない、とも。
「ははあ、これが天城氏の素なのですかね。いい写真じゃないですか。ファンの皆さんはこういうのを求めてるのでは? HiMERU氏もそう思いません?」
 返事がない。普段なら満点の回答を立て板に水で打ち返してくる彼にしては妙だ。茨は〝使わない〟の紙袋の中を一度覗いてから、にやりと唇を吊り上げた。彼がよくやる悪代官の顔だ。
「あれえ? どうされました?」
「――く、『Crazy:B』のイメージに沿わないでしょう」
「それだけですか?」
「それだけって、質問の意図がわかりかねま……、ちょっと⁉」
 茨は〝使わない〟に仕分けされていたもののうちから数枚を手に取り扇のように広げて見せた。そのどれもが、およそ世間のイメージとはかけ離れた燐音の姿を切り取った写真である。口を噤んで考え事をしているもの、本番前の緊張感を漂わせたもの、メンバーに向けられたであろう愛おしげな笑顔、エトセトラ、エトセトラ。ファンの間で話題になること必至なレアショットであるのに、敢えてそれらを使わないことを選ぼうとする目の前の男。それらの要素から確信を得た茨はわざと鋭い眼光を向けてやる。
「独り占めはいけませんなあ、HiMERU氏?」
「ひとっ……何のことでしょう」
 白々しい、今少し怯んだだろ。茨は心の中で悪態をついた。だが『HiMERU』以外の何者にも興味ありません、というような涼しい顔をしていたこの男に、不特定多数の人間の目に触れさせたくないと思うほど大事なものが出来たということなのだろうか。アイドルとしては正しくないのかもしれないが、その感情の芽生え自体は喜ぶべきことなのではないか。およそ恋愛経験と呼べるものなどない茨にもそれくらいはわかる。やれやれと肩を竦めて、大袈裟なため息をひとつ。
「……まあいいでしょう。あなたの友人としてこれ以上追及しないでおいてあげます。あと半分、手を止めないでくださいね」
「誰が友人だ……」
「差し上げますよ、その写真」
「は? 要りません」
「素直じゃないですねえ、我が友♪ 自分はHiMERU氏の味方でありますよ♪」
「あなたが擦り寄ってくる時ほど信用ならないのですよ、ああもう、鬱陶しい!」
 彼らしからぬストレートな物言いに茨は喉の奥で笑った。彼は片想いのつもりなのかもしれないが、傍から見ている分には天城からの矢印も大概だ。近いうちふたりの関係が大きく変わるのではないかと予想しているのは茨だけではないだろう。勿論良い方向に。
 そうなった暁には月に一度程度オフを合わせてやってもいいかな、などと茨は考えた。今や事務所を支える古株のふたりへの労いも込めて、情状酌量くらいはしてやろう。傍迷惑なお騒がせカップルにだけはなってくれるなよと願いつつ、茨は愛すべきクラスメイトの肩揉みを再開した。





(ワンライお題『写真』)

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