2024/05/23 キスの日

 この世界にはキスの日というものがある。いや、前世でもあったかもしれないが、色気のない生活をしていたサラリーマンだったんで、そんな日にはとことん縁がなかった。
 ちなみにこの世界では恋人同士のための日というよりは、親しい家族や友人たちに感謝や親愛を伝えるための日だ。この日ばかりはたとえ反抗期真っただ中だろうが親に捕まってもみくちゃにされる勢いでキスをされる。いや、俺はさすがに今生では反抗期とは縁がなかったが。イヤイヤ期までは記憶がないのでわからん。
 あと、親しい友人たちの間で、とはいっても、この年になると野郎同士でやることはほとんどない。うん、ほとんどないんだが――。


 目の前で期待した目で見てくるイケメン勇者(予定)はどうするかなぁ。と、ちょっと遠い目をしながら助けを求めるようにドレクスラーの方へと視線を向ける。が、ニヤニヤと笑って助けてくれる様子はない。こいつは多分俺がしたら問題なくマゼルにも俺にもしてくるだろうな。こいつはそういう奴だ。
 対してマゼルだが、村では家族相手にしてきたらしい。だが王都に来てしばらくは「親しい」といえる間柄の存在がなかったわけで。うん、返す返すも世話役二人はこの野郎と思うんだが、さておき。今は俺をはじめとして「親しい」といえる友人が出来たわけで――。

「その、ダメかな?」

 きゅぅんと、待てをさせられた大型犬のような切なげな眼差しで見つめられて「だめだ」といえる奴がいるだろうか。いや、いない。

「いや、ダメじゃないぞ」

 やや早口でそう言うと、マゼルは輝くような笑みを浮かべた。まぶしい。そしてされるのを待つより先に済ませてしまおうと、コイコイと指で招くと無防備に近づいてくるマゼル。お前、そんなんで大丈夫か? そんなことを思いながら明るい色の髪をかき分けるように額をあらわにさせる。
 ちなみに友人同士の場合は頬ではなく額にすることが多い。そのまま一歩を踏み出して、秀でた額に唇を落とす。

「えへへへ」

 俺が触れた部分を手のひらで抑えたマゼルがなにやら噛みしめるように微笑む。ついでにドレクスラーにかがめと指示をしてその額に口づける。こういうのは恥ずかしがったり躊躇ったりする方が余計にしにくいんだ。
 続いてドレクスラーとマゼルがそれぞれの額に笑いながらキスをし、さらに俺が二人にそれぞれ前髪をかき上げられてキスをされれば、このイベントは終了だ。とりあえずマゼルも一回はやれば満足するだろう。
 いつまでも野郎のキスを嬉しがるわけでもないだろうしな。と、思っていたんだが、まさかそれから毎年する羽目になるなんて――それこそ魔王を倒したあとも続くことになるなんて思いもしなかった!

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