スチパン朱玄 修復編・上

 夜が明ければ、動き出した朝の街が蒸気を噴き出す。蒸気を通した朝日は鈍い。けぶった光が窓辺で揺れる傍ら、朱雀は警官寮の簡素な一室で朝の日課――腹筋や腕立て伏せなど――を済ませて軽くシャワーを浴びた。それから警察官の制服に袖を通し、鮮やかな赤い髪を整えて姿見を一瞥すると、寮を後にして街並みへ踏み出した。
 朝食は道々の屋台で済ませる。今日はバゲットサンドにした。蒸して潰した芋と焼いた厚切り肉を挟んだバゲットにたっぷりソースをかけたものを紙で包んでもらって、広場の脇でベンチに腰かけて食べる。
 屋台通りを抜けた広場では、街の労働者たちが入れ替わり立ち替わりで似たり寄ったりの朝食を取っている。警察の制服で飯を食っている朱雀にチラチラ視線を寄越す者もいる。そそくさと離れる者もいれば、あえて朱雀の視界に入るところに陣取って蒸かし芋にかじりつく少年もいた。慕われているのではなく、単なるならず者除けだろう。強請りや集りをする者はだいたい無駄にずる賢いので、警察官の目の前ではやらない。
 少年が芋一つを食い終わって駆けていく背を見送って少ししてから、朱雀も朝食を終えて職場へと足を向けた。あの少年が腹いっぱい食えるような豊かな街になればいい、そういう考えが朱雀の頭にも浮かぶようになったのは、今の部署、今の上司になってからだ。
 その上司は、たいてい朱雀の五分後に到着する。朱雀は一足先に部署のドアと窓を開けて換気をした。春の名残と夏の足音が交ざった風が、朱雀の頬と部屋いっぱいの紙束を撫でていく。今年の新人警官たちも、少しは職務に慣れてきた頃だろうか。
 朱雀が去年度の自分を思い出していると、廊下を進む足音がコツコツ近づいてくるのが聞こえた。朱雀が振り向くと、ちょうど上司が入ってきてドアを閉めたところだった。
 朱雀の上司、ときに氷刃の警部などとあだ名される彼は、名前を玄武という。この街には去年に赴任してきたばかりだが、既に組織改革を成し遂げ、この街の警察官たちをまさしく己の手足・耳目としてまとめ上げた手腕の持ち主だ。
 その警部がドアを閉めたので、朱雀も先に窓を閉めてから再び振り向くと、口を開くのは警部のほうが早かった。
 眼帯のないほう、鈍色の左目が朱雀の顔を見て、その視線と同じく感情の薄い、平坦で事務的な声が朱雀の耳に届く。
「おはよう」
「……おう。おはよう」
 朱雀の反応は少し遅れたが、他には何の変哲もない朝の挨拶を短く交わして、お互いに自分のデスクに向かう。それはあまりに淡白なやりとりで、少し前まで恋人同士だったなんてまるで夢か嘘のようだと、朱雀は胸の片隅で呟いた。――とはいえ、朱雀では他に巧いやり方が分からないから、なんとか警部のやり方を真似ることで、職務に支障のないふりをしている。
 少ししてから、庁舎に始業の鐘が鳴った。執務室の席順は、ドアを開けて左手の一段高くなったところに警部のデスク、その段から通路分のスペースを開けたところに、部下用の四つのデスクが向かい合い隣り合って班を作る構成になっている。朱雀のデスクはその四つのうちの警部側、かつ窓側で、薄曇りの空が見える窓に背を向けて座るようになっていた。ちなみに、他の三つのデスクは、全部紙束で埋まっている。
 空き机の上のみならず、通路の上やら椅子の下やらに溢れる紙束は、前任者が残した未解決や解決済の事件の調書や報告書だ。それは、一年かかってもまだ完全には片付かないが、これでも半分ほどは警部の後ろの壁一面にある書棚へきっちり整頓された。過去の事件に加え、新しく起こった事件の解決や、組織内部の改革にも奔走していた一年を考えると、本当によくやったものだと朱雀は他人事のように舌を巻く。
 事実、書類仕事の苦手な朱雀にとっては、ほとんど他人事に感じられた。警部は何枚でもさっさと読み進めてしまうが、朱雀はどうもじっと紙面を追うのが苦手で、すぐに投げ出してしまっていたのだ。
 しかし、それも去年度の話。今年こそは書類仕事にも貢献しよう、朱雀はそう誓っていた。
 警部は、街に目立った事件がなければ、基本的には執務室で日がな一日ずっと紙をめくっている。だが、これはと思った事件の調書があればそれを元に捜査課を動かしたり、過去の調書以外にも各課各班から上がってくる日々の報告書を確認したりと、警部の仕事と書類は尽きることがない。朱雀は、とりあえず手近な書類の山を一つ自分のデスクに動かすと、一番上の紙束を取って手元で広げた。
 報告書の日付は七年前、朱雀が警官になるよりずいぶん前だ。四件の不審死に関する報告が一まとめにされており、検死の結果で四件すべてに同一の違法薬物反応があったこと、それを受けて薬物取締の強化と違法ルートの捜査が行われたことが記録されている。だが、捜査に進展がないまま不審死がぱったり途絶えたことから、いつしか捜査も手詰まりになってそのままだった。
 未解決事件の報告書は、どれをいつ読んでも据わりが悪い。朱雀は顔をしかめてその紙束をデスク左の箱に入れた。それから付箋紙に『××年 連続死 違法薬物』と走り書きして、箱の中の紙束に貼り付ける。後で本棚から薬物事件のファイルを探して、年月日順に綴じておかなければ。
 合間にちらりと警部を見やれば、彼もまた報告書の山に没頭していた。真剣な顔で読み進める警部の様子、というよりも、その視線がこちらに向かないことを確認して、朱雀も次の紙束へ手を伸ばす。
 お互い、ずっと紙を読んでいるから、室内に会話はほとんどない。そのかわり、朱雀は業務の合間合間に警部の顔色を窺う。他人行儀でぎこちない空気は、しかし警部に出会ったばかりの新人の頃に似ていて、少し懐かしかった。
 ――ああ、もしも、本当にその頃に戻れるのなら。
 朱雀の思考は、いつしか紙の上の文字列を逸れて胸の内側へこぼれ落ちた。恋人だったなんて最初から無かったことにして、ただずっと部下と上司でいられたら。
 捜査の相棒、職務の右腕としての絆、信頼。それらは朱雀の欲したような色恋や愛情ではなくとも、十分に輝かしいものだ。あるいは、赴任してきたばかりの警部が望んでいたのは、色恋ではなく本来こちらのほうだったかもしれない。――警部は何も言わないから、彼が何を望んでいるのかなんて、朱雀には何も分からないけれども。
 思い当たった事実で不意に胸の奥が重くなり、朱雀は紙面を睨んでぎゅっと眉を寄せた。その後で慌てて眉間のしわを伸ばし、どこまで読んでいたんだったかとページを見直す。どうにか読みさしの箇所を見つけてほっとしてから、朱雀はおそるおそる警部のほうを見た。
 しばらくページが止まっていたことや、一人で百面相をしていたことなど、見られていたら咎められるかと思ったが、警部は自分の手元に目を落として、朱雀の失態は特に見ていなかったようだ。朱雀はほっとして再び調書の確認に戻った。紙束のページをめくりながら、警部、笑ってたな、と一瞬の視界を反芻する。また孤児院の報告書だろうか。
 報告書を読み進める警部の顔をちらちら見ていると、時々かすかな表情の変化に気づく。何かうまくいっていない旨の報告書なのか苦い顔をしていたり、あるいは計画がうまく運んだのか満足げな顔をしていたり。胸糞悪い事件であれば目元にも険が宿るし、時々、柔らかく口角が上がっていることもある。この紙束の山の中で、何を読んだらそんな顔ができるのだろうと長いこと不思議に思っていたが、朱雀はつい先日、警部が街外れの孤児院と懇意にしていることと、その運営状況に関する報告書が警部宛に上がっていることを知った。

***

 それは、ある日の夕刻のことだった。
 デスクの引き出しを覗いて帰り支度をしている警部のところへ朱雀はつかつかと歩み寄って、ばし、とデスクに手のひらを叩きつける。
「あ?」
 剣呑な顔で朱雀を見上げた警部は、朱雀が手を動かすのと一緒にデスクへ視線を落としたのを見て、同じくデスクに視線をやった。そして、朱雀の手の下にあるものを認めて胡乱げに朱雀を見上げる。
「……何のつもりだ」
「ベッド、駄目にしたろ。弁償する。他も……慰謝料でも迷惑料でも、好きな額書けよ」
 朱雀が警部のデスクに叩きつけたのは、金額未記入の小切手だった。
 もう半月も前の夜のことだ。恋人同士の夜の営みの中、朱雀が玄武に無体を働いて、ベッドの上で嘔吐させた。その夜まで朱雀は無体を無体とも思っていなくて、大事な人を大事にできていなかった。だから、玄武のそばにいるのはその夜以来すっぱりやめた。かわりにずっと一人で考えて、――その一夜だけではない、恋人として、体の関係を持つようになってから過ごしたいくつもの夜を全部償うにはどうしたらいいのかずっと考えて、それでも朱雀の頭ではこんな方法しか思いつかなかった。
「………………」
 警部は小切手に視線を落として、しかし黙ったままだ。警部がまた朱雀を見上げたとき、朱雀は間髪入れずにまくし立てた。
「そりゃ、こんなもんでチャラになんてならねえよ。分かってる。でも金銭(これ)が一番、何にだって使えるだろ。……最低なこと言ってるのも分かってんだよ。でもよ、オレなんかどんだけ考えたって、もうあんたの好きなものも欲しいものもわかんねえんだ」
 だから、と朱雀はデスクの上で小切手を警部に押しやる。だが、警部はなおも黙ったままだった。
「……」
 警部が小切手と朱雀を見比べる、それだけの沈黙はしかし朱雀にとっては永遠のようだった。言いたいことは既に言って終わった朱雀が、今度は警部の言葉を待っていると、警部はふいと視線を逸らして低く言った。
「……いらん。そのくらい自分で面倒見られる。そんな余裕があるなら、てめえの親にでも送ってろ」
「……ッ」
 断られることくらい、朱雀だって一度は想像した。それなのに朱雀の頭には一気に血が昇って、衝動のまま思わず怒鳴る。
「だったらあんたがあんたの親に送ればいいだろ! どこまでオレを馬鹿にして……っ」
 言葉の途中で、はっとして朱雀は口をつぐんだ。警部は、あっけにとられたように鈍色の目を瞬かせている。
 馬鹿にしている。何故その言葉が口を突いたのか、朱雀自身にも分からなかった。きっと警部も、何を言われたのか分からないだろう。朱雀は、かっとなった頭が、体が、どんどん熱を失っていくのを感じながら呟いた。
「……いい。もう」
 きっと何も伝わらない。伝えられることなんてもう無い。朱雀は消沈して身を翻した。
「それ……いらねえなら、破って捨ててくれ」
「…………」
 沈黙の中で、朱雀は段を降りて自分のデスクに戻る。朱雀が机上を簡単に片付けて帰り支度をしている間、警部は身じろぎもせずにデスクの小切手を見ていた。
「……………………」
 すぐに破り捨てるだろうか、それとも。目の端で警部の様子を窺いながらも朱雀が帰り支度を済ませ、平静を装って一歩踏み出したとき、警部の声がそれを引き留めた。
「おい」
 その声は低く、重い。怒っているようにも聞こえるその声に朱雀が顔を上げると、警部もまた席を立ってデスクの小切手を掴み取り、大股に段を降りて朱雀の前に立った。
「そんなに使ってほしけりゃ目の前で使ってやる。ついてこい」
 振り向いた警部が朱雀を見下ろして言い放つ。彼に顎で使われるまま、朱雀は部署に施錠すると、警部とともに退勤した。

 その足で警部が銀行に向かい、小切手で引き出した金は、朱雀の寮にあるような簡素なベッドよりは確かに高額だったが、警部の体格に合うサイズのベッドを弁償するには、足りるのか足りないのか朱雀にはよく分からなかった。ただ大きいだけのベッドなら足りるような気もするし、ちょっと質にこだわればすぐ足りなくなるような気もした。
 朱雀自身は、たとえどんな額を提示されても、一生かかってでも工面するだけの心積もりはしてあった。だが、あの無欲な、あるいは無頓着な警部が、朱雀の気が済むだけの額を提示してくれるかどうかは、実はあまり確信がなかった。それでも、どうやら一旦はそれなりの額を受け取ってくれるようで、朱雀の胸が少しすく。
 金を引き出した後、警部はまっすぐ寝具屋へ行った。彼はそこで真新しいブランケット、しかし警部には小さい、普通のどころか子供用のブランケットを何枚か買って、店の人間に配送を頼んだ。シーツや枕も何組か追加して、小切手と引き換えた金で支払う。
 それでもまだ額が残っているな、と朱雀が思っていると、警部は次に服屋へ行った。警部はここでも子供用の寝間着と肌着を何組か買って、ただ、子供用と言ってもいくつかあるサイズをそれぞれ違う数で買っていた。一つずつとか三つずつとかではなく、男女ごとに、このサイズが何着でそのサイズが何着、それからあっちが、と買っていく警部の様子を見て、朱雀は、警部はこの金を親ではなく親族の子供、たとえば弟妹か甥や姪たちのために使うのだろうかとうっすら考えた。できれば警部に、警部のために使ってほしかった金だが、警部がそうしたいのならそれでいいと、朱雀は黙って警部の買い物の様子を見つめた。
 やがて支払いが終わると、警部は購入した衣類をまとめて朱雀に押しつけた。どうも荷物持ちにするつもりで連れてきたらしい。朱雀は文句も言わずに包みを受け取って小脇に抱えた。警部は別の店で、粉石鹸やベビーパウダーもいくつか買った。それも朱雀が持って歩いた。
 その後、警部は菓子やパンの店が並ぶ通りへ踏み込んで、焼菓子の店をいくつか覗いた。それから、パウンド型で焼いたナッツのバターケーキとベリーのバターケーキを一本ずつ買い、朱雀の手の塞がり具合と自分の手とを見比べてから、バターケーキの紙袋は朱雀に渡さず警部が持つ。そして大通りで馬車を捕まえると、警部はその御者に、行き先を街はずれの孤児院と告げた。

 警部が馬車を降りると、孤児院の庭先で遊んでいた子どもがいち早く気づいて、わっと歓声を上げる。十代半ばくらいの少女が院長先生を呼びながら建屋へ走っていき、焼き菓子の包みを抱えた警部は、門のところで彼女が院長を連れて来るのを待っていた。
 その間、門の柵越しに七つか八つ程度の子どもが警部を見上げる。
「けーぶさん、何持ってるのー?」
「こいつは……そうだな、週末のお楽しみだ。全員分あるから、楽しみにしてろ」
 その場に屈んで子どもと視線を合わせた警部は、がさりと包みを鳴らして悪そうに笑った。きゃっきゃと笑う子どもの後ろから、それよりも少し年上らしい、生意気そうな少年が身を乗り出して朱雀を見上げた。
「なあなあ、あんた誰? ひょっとして警部さんの手下?」
「手下……ああ、オレは、まあそんなもんだ」
「こら、手下なんて、人を小悪党みてえに言うんじゃねえ。朱雀も適当に頷くな。……後ろの赤毛はれっきとした俺の部下だ。立派な警察官なんだぞ」
 警部が子どもを軽く叱る声色をして、柵越しに手を伸ばし少年の額をぴんっとつつく。朱雀はそれを思わず見つめた。
 だが、朱雀、あるいは警部が次に何か言うより先に、建屋から院長らしき老婦人が出てきて、子どもたちと一緒に門扉を開けた。

 朱雀と警部は、孤児院の建屋を入ってすぐの一室に通された。子どもたちの生活空間とは少し雰囲気の異なる、シンプルで事務的な部屋だ。事実、こうして大人たちが事務的な打合せや庶務をこなすための部屋なのだろうな、と朱雀は頭の隅で考えた。
 警部は急に訪れたことを院長に詫びると、朱雀に荷を下ろさせて言った。
「肌着の替えと洗剤類です。時期は少し早いですが、いずれ暑くなるので。子どもはよく汗を掻きますから、洗い替えでたくさん要りそうなものを買ってきました。いずれブランケットも届くでしょう」
「あらあら、洗剤にパウダーまで……警部さん、いつもありがとうございます」
「今日は俺からじゃないですよ。こちらの部下からです。バターケーキも、週末の楽しみにでも子どもたちと食べてください」
 朱雀が抱えて持ってきたものを院長と警部が軽く検品をして、何か帳簿をつけてから、朱雀は洗剤とパウダーの箱を孤児院の一画の備品置場へ運んだ。肌着類は、サイズ合わせや記名をしてから子どもたちに配るという。
 院長がしきりに朱雀や警部へ感謝するのを、警部は手短に切り上げて朱雀とともに孤児院を出た。朱雀も院長先生に頭を下げ、警部の後を追う。
 警部は帰りの馬車で揺られながら口を開いた。
「子どもはこれから夕飯だからな。職員たちも食事の準備で忙しいだろうから、早めに切り上げたんだ。ろくに紹介できなくて悪かった」
「ん、いや……急に来させちまったしよ、オレもその、悪かった。……」
 朱雀は、警部の顔や馬車の隅、窓から見える街など、うろうろと視線を泳がせて、それきり口をつぐんだ。言葉は何か出てきそうで、しかしうまくまとまらなかった。
 これまで知らなかった警部の顔をたくさん見た。子どもたちと話す楽しそうな顔や、院長の老婦人と接する穏やかな顔。自分に向けられたものでもないのに、思い返せば朱雀の胸元がほっとあたたかくなる。そこに少しの懐かしさと、小さなわだかまりを感じて、朱雀は一つ瞬きをした。
 知らなかった、いや、彼がそうした人たちと親しくしているのを知らなかっただけで、それらの表情、感情は、きっと朱雀はもう知っていた。あたたかな微笑みも、優しい声も。――だから、どうしたって悔しい。
 なるほど玄武は確かに朱雀を愛していたのだろう、子どもたちと同じように。あるいは信頼もしていただろう、孤児院の院長と同じに。けれども朱雀が欲しかったのは、もっと唯一無二の。
 その差異を越えられなかったことを悔しく思う、今になってやっと新しく知る一面があることをもどかしく思う。朱雀が黙り込んで明後日を見ていると、胸元で懐中時計を見ていた警部が時計をパチンと閉じて言った。
「……お前も、飯を食って帰るか?」
 警部の視線は、胸元に懐中時計を収める手元へ落ちていて、朱雀には向いていない。しかし、馬車には二人きりなのだから、当然、朱雀に言っているのだろう。それだけ警部の様子を見て取った朱雀は、視線を馬車の外へ投げて言った。
「いや……適当に、寮で食う」
「そうか。医食同源、野菜も食えよ。このあたりは、まだ安いほうなんだから」
 ああ、とおざなりに返事をして、朱雀は夕暮れの街を眺めた。小切手のことだって、極端に言えば朱雀の我儘だ。これ以上、警部に手間をかけさせることはできなかった。

 街中に着いて馬車を降りた警部は、朱雀を広場に待たせてから近くの屋台でココアを二人分買ってきて、荷物持ちの駄賃だと一つを朱雀に差し出した。朱雀がおずおず受け取ると、警部は朱雀が立っている横の木箱に腰を下ろして、一口ココアを喉に入れた。それから、長い脚に肘をつき、膝の前でココアのカップに両手を添える。
 警部は淡々と言った。
「俺に親はいない。親だと言うなら故郷の孤児院がそうだ。お前は小切手を親に送れと言ったが、その孤児院も、今はもうない。だからこの街の孤児院に使った。これで満足か」
「……、おう」
 ココアを持って突っ立ったまま、朱雀はそれだけ相槌を打った。親がいないことを初めて知った。曲がりなりにも、かつて恋人にまでなったのに。
 朱雀が内心に刺さった棘を黙ってやり過ごしていると、警部がまた一口ココアを飲んで、少し視線を彷徨わせてから小さく呟いた。
「……、悪かった」
 は、と朱雀が瞬きをすると、カップを持つ警部の手に少し力が入って、中の液面が揺れた。警部は続けた。
「お前の真剣さを、分かってなかった。馬鹿にしたと、そう思われても仕方がないことを言った。……俺は、お前が誠実であろうとするのを捻じ曲げるところだった」
「…………」
 警部は、朱雀自身理由が分からなかった衝動と怒声の意味を、そういうふうに受け取ったようだった。どう答えたものか、朱雀は考えあぐねていたが、警部は特に朱雀の返事を必要としていなかったようで、彼の言葉はそのまま続いた。
「お前は、ちゃんと俺のベッドを弁償するだけの金は払ったし、俺はそれを受け取って使った。それでいい、……だろうか。」
 今度は明確に返答を求められ、朱雀は、今度こそちゃんと返事をする。
「ああ。……あんたが、それでいいなら、いいんだ。オレは」
 朱雀はあえてまっすぐ顔を上げて街を見晴るかして、警部の視線には意識を向けないようにした。朱雀の真剣さを分かっていなかったと警部は言った。そうか、と朱雀は警部の言葉を胸中へ落とし込む。
 そんなもの今日だけのことではなかった。朱雀はずっとそれを玄武に向けていた。
 なんだかやりきれなくなって、朱雀はごく小さくこぼす。
「……オレの真剣さのうち、あんたにちゃんと伝わってたのは、いったいどれだけなんだろうなあ……」
 警部のカップの液面が揺れた。朱雀は自分のココアを一気に呷って、だから警部の声には応答しなかった。
「朱雀」
 ぬるいココアをほとんど味わいもせずに喉へごくごく流し込んで、ぷは、と息をついた朱雀は、空になったカップをぎゅっと握り潰してありきたりな笑顔を作った。
「ごっそさん! オレの我儘に付き合わせて、駄賃なんか貰っちまって悪かったな。借りは仕事で返すからよ。じゃあ、また明日」
 それで朱雀は身を翻し、そのまま寮の方向へ走った。警部は何も言わなかったし、追いかけても来なかった。朱雀は途中で走るのをやめて、晩飯がてら屋台でスープを買って、馬車での警部の言葉を思い出して、柔らかく煮込んだ鶏肉の合間にわずかながら青菜の塩漬けを挟んだサンドイッチを買った。サンドイッチにはケチャップとマスタードをつけてもらった。それを寮の自室で黙々と平らげて、朱雀は順繰りに今日のことを思い返した。
 腹が満ちれば、多少は思考も上向きになる。朱雀は孤児院での玄武の様子をそっと胸の奥にしまった。子どもたちに向ける柔らかな笑顔のこと。子ども相手とはいえ、立派な警察官だと言ってもらったこと。院長と話す警部の珍しい言葉遣い。
 どうかそれらを、ずっと守っていられますように。
 壁に掛けた警察官の制服とその肩の紋章を見上げて、朱雀はぐっと拳を握った。

***

 孤児院の運営状況は、元々は警察ではなく町役場へ報告されていた。だが、赴任して数ヶ月の警部が役人の怠慢や横領や贈収賄ほか各種違反を一斉に暴いて役場がてんやわんやになったため、警部は「一時的」の名目で役場宛の報告書申請書を全部入手し、孤児院はじめ町内の動きをことごとく把握するようになったのだ。
 当時の朱雀は、それこそ警部の下についたばかりで、赴任したばかりなのに役場の悪事に気づくなんてすげえなあと思うのが精一杯だったが、警部が役場を捜査したきっかけは、孤児院がいくら申請書や報告書などを町役場へ提出してもろくすっぽ補助金が出ないのだ、と、苦しい運営を警部に相談したことだったらしい。
 あれから一年、警部が目を光らせる中で町役場も組織や規則が一新され、少々警部が目を離したってまともに機能するようになった。そのため、警部が報告書や申請書の処理対応をするということはさすがになくなったが、役場の働きの確認として、各種報告書は相変わらず警部が一度は目を通すようになっている。
 要するに警部は警察の仕事と役場の仕事を両方やっているわけで、それなら警察の仕事くらいは、朱雀が部下として十二分に役立って警部が手間取ることのないようにせねばと、朱雀は少しの焦りを抱えて日々デスクの紙束と向き合っていた。
 それでなくても警部は優秀だ。朱雀もそれに追いつけるくらい、少なくとも足は引っ張らないくらいの働きはせねばならない。ではそれがどれくらいなのかというと、具体的な量感はまったく分からない。去年一年かけて二人で書棚を埋めた分の書類を、今年は一人でこなして見せれば、足を引っ張らない程度にはなるだろうか。去年は警官隊もあまり統率が取れていなくて、警部と二人だけであちこち奔走することも多かったが、今年は通報事案の対応を警官隊に頼れる分、一人でこなせる量なのではないか。
 よし、と朱雀は目の前の紙束をまた一つ取った。こちらは解決済のスタンプが押されている。四年前の空き巣事件は、事件からさほど経たずに犯人が見つかって逮捕されていた。
 解決済の事件を読むと自分のことのように誇らしくなる。とはいえ四年も前のものなので、当時の責任者がちゃんと確認のサインを入れて書棚に整理しておいてほしかったが。
「警部、解決済の事件あったぜ」
「朗報だな。どうせ責任者のサインはねえんだろう? 後でサインしておくから、デスクのこっちに置いといてくれ」
「おう。……しかしよぉ、四年も前の報告書にあんたがサインすんのも、なんか変な感じだな……」
「まったくもってその通りだが、後任になっちまった以上、それも仕事のうちだからな。お前も、書類は溜めねえようにしろよ」
「ぐ……」
「そこで詰まるな」
 警部はくつくつと喉の奥で笑って、それから手元の報告書に目を落とした。朱雀も、警部の大きなデスクの端にあるボックスに紙束を入れて自席に戻る。
 こういう小さな仕事をここまで積み上げて放っておくようなだらしのねえ前任だから警官隊もどこもかしこもろくでなしになっちまったんだ、とは警部の物言いだが、その積み上がった仕事の山に臆さず分け入る警部のほうもたいがい肝が据わっている、と朱雀は思う。もしも朱雀が着任したてでたった一人この部屋に入ったら、思わずドアを閉めて見なかったことにしてしまうかもしれない。
 それはさすがに情けないか。自分の想像に朱雀は小さく苦笑して、また次の紙束を手に取った。こちらは事件ではなく事故の報告書で、排気パイプの経年劣化・破損により高温の蒸気が路上へ噴出、通行人数名が火傷を負ったと記載されている。日付は先ほどの空き巣事件と近い四年前だ。その時期に積みあがった書類の層だか棟だかなのだろう。
 排気パイプは補修、怪我人には補償が行われたらしいことも書面で確認して、朱雀は付箋にパイプの所在地を書きつけると紙束に貼りつけて脇に置いた。後で警官隊に渡して、パイプがちゃんと補修されているか・再度劣化していないか確認してもらうためだ。改めて見返すとそうした他部署確認の案件が三つ、付箋つきで重なっていた。これが午前いっぱいの成果の一部だから、一日に三件なんて読むのがやっとだった去年と比べれば、ちょっとは頑張ったな、と朱雀は胸を撫で下ろした。
 昼休憩が近づくと、廊下からコンテナを押すゴロゴロという音がして、近所のベーカリーが昼飯を売りにやってくる。この庁舎では警部が一番偉いから、ベーカリーも一番にここの部署にやってくるというわけだ。あとは順次、蒸気式のエレベーターで階を降りながらパンを売って、庁舎を回り終わったら一階に戻っているので、そのまま帰っていく。
 ベーカリーのコンテナからマフィンサンドを二つとスープの瓶を一つ買った警部の横からしばらくコンテナを眺めていた朱雀は、握り拳大のミートパイとポテトパイを一つずつとスコーン三つ、それと紅茶の瓶を買って席に戻った。二人が買い物を済ませたので、ベーカリーのコンテナも、次の部署へ移動していく。
 昼休憩の鐘が鳴ってミートパイにかぶりついた朱雀は、デスクを汚さないように気をつけながら、スパイスの効いたフィリングと肉汁を吸ってふかふかのパイ生地を頬張った。警部もデスクでマフィンサンドの包みを剥いている。コンテナ販売のマフィンサンドは、まんまるの目玉焼きと厚切りベーコンのサンドか、白身魚のフライとポテトサラダのサンドだ。警部は両方を一つずつ買っていた。
 朱雀は二つのパイをぱくぱく食べて、それから紅茶で口の中をあっさりさせると、デザートのスコーンに手をつけた。今日のスコーンはチョコチップ入りだ。甘いスコーンをさくさく食べて、午前中の疲れを癒す。
 午後になったら、また書面との睨めっこだ。庁舎のエントランスには各部署のポストがあるから、他部署への確認依頼は帰り際にでもポストに入れておこうか。
 考えながら朱雀がスコーンを食べ終わった頃、警部も食事を終えて、後片付けをすると何か本を開いて読み始めた。仕事であれだけ書類を読んでいて、休憩時間まで本を読むなんて朱雀には考えられないが、警部の趣味が読書だというのは、朱雀でもよく知っていることだった。
 ぱらりと警部が本をめくる音がする。朱雀はそれを邪魔しないように口を噤んだ。デスクにうつ伏せて、仮眠を取るふりをしながら耳を澄ます。また、ぱらり。話すことがないのは楽だ。うまく話せないのは寂しいけれど。
 先に仮眠に逃げたのは朱雀だ。昼休みをどう過ごしたらいいのか忘れてしまって、眠くもないのに仮眠を取るふりをして黙った。警部が昼休みに本を開くようになったのはその後だ。……いや、ひょっとすると、それまで朱雀がいるから控えてくれただけで、元々そういう時間を望んでいたのかもしれない。
 ぱらり、本をめくる玄武の姿が閉じた瞼の裏に浮かぶ。庁舎のデスクではなくて、暖炉の前のソファで。いつかの思い出だ。もう暖炉の季節ではない。玄武が顔を上げる。ホットミルクのマグを受け取った玄武の目元がほのかに色づいてほころぶ――
「――――!!」
 朱雀は慌てて飛び起きた。それは、いつかの、確かにあった思い出だ。けれども、玄武の表情は、朱雀が都合よく思い出を美化してすり替えてはいないか。そうして過去の玄武を色めかしく塗り替えてしまうことが、朱雀には酷く恐ろしかった。自分の浅ましさを突きつけられるようで、胸の底が冷たくなる。
 飛び起きて、水槽の魚のように口をぱくぱくさせる朱雀を眺めていた警部が、からかう口ぶりで言った。
「寝ぼけるほど寝入ってたのか? 顔を洗ってくる程度の時間は残ってるぞ」
「え、あ、ああ……。そう、そうだな。顔、洗って……」
 朱雀は目を泳がせながら立ち上がった。警部の顔がまともに見られない。見ていいのかどうか分からない。わたわたと庁舎の手洗いへ向かう朱雀の背に、警部の怪訝な視線が向けられる。何か言われる前に、朱雀は急いで廊下に出てドアを閉めた。


 時間ぎりぎりまで何度も顔を洗って、休憩終わりの鐘とともに走って席についた朱雀は、警部の何か言いたげな目に必死で気づかないふりをして、手近な紙束に目を落とした。しばらく朱雀を見ていた警部の視線もそのうち手元の書面に落ちて、朱雀は黙ったままひたすら書類を読み進める。
 このままではだめだ。朱雀の胸の奥でぐるぐると焦りだけが渦巻く。もっと、何か、邪魔なものを削ぎ落として、そうでなければ警部の隣にいていいはずがない。
 朱雀は、解決済のスタンプがついた数枚綴りの書類を自分のデスクの端に置いた。他にも解決済案件が出てくるかもしれないから、明日にまとめて警部に渡すのだ。明日になれば、きっと、何もなかったみたいに渡せるから。
 そう思って、朱雀は脇目もふらず書面の確認に勤しんだ。だから、定刻の鐘が急に鳴ったように思えて、朱雀はぎょっとして壁時計を見上げた。
「も、もうこんな時間なのか!?」
「そうだ。随分頑張ってたようだが、今日はそのへんにして、お前も帰り支度しろよ」
 警部がさっさと机上を片付けて立ち上がる。一方、朱雀は、手元の書類と時計とを見比べて、なかなか片付けに取り掛かれずにいた。あと数ページで読み終わるのだ。この中途半端なところで終わりにする踏ん切りがつかなかった。
 朱雀は、戸口で朱雀を待っている様子の警部におずおずと問いかけた。
「あのよお……戸締りちゃんとするからよ、今日、もうちょい残ったらだめか。これ、あとちょっとで全部読み終わるんだよ」
「…………」
 朱雀の初めての要望に、警部は一瞬目を丸くして瞬きをした。それから、少しだけ値踏みするように朱雀の顔とデスクを見比べて、さらに少し考えてから、一つ頷いて答える。
「……分かった、戸締りは任せる。それ一つ読み終わったら、とっとと帰れよ」
「お、おう! 任しとけ」
 朱雀はこくこく頷いて、手元の書面をぎゅっと握った。警部は、ひらりと片手を振ってから、じゃあなと言って帰っていく。
 警部は、この街の警官のトップだ。常に一番正しい判断が求められる。それは、現場の警官たちが寝食さえ削っているのを無駄にしないためでもあるから、警部は絶対に不必要に居残って疲労を溜めたりしないし、自分が必要な休養を取ること、部下たちにそれを取らせることに余念がない。
 自分一人になった静かな部署のデスクで、朱雀は一度大きく伸びをすると再び書類に目を落とした。
 警部が居残りをしないのは、そもそも警部が優秀で、居残りするほど手間取ることなんてないのもあるんだろうな、と思いながら、朱雀は四年前の報告書を読み進める。
 読みかけの書類は十数分もすれば読み終わったが、朱雀はそこで終わりにせず、さらにもうひと綴り読もうと、デスクに積まれた報告書へ手を伸ばした。
 帰り際の警部の言葉が朱雀の脳裏をよぎる。一つ読み終わったら帰れと言っていた。朱雀の手は数秒だけ宙で開閉したが、結局次の報告書を手に取って顔の前へ持ってくる。
 せっかく居残りをしているのだ。もっと進めて、少しでも警部に追いつきたい。
 そう思って次々と手を伸ばしていくうちに、窓の外はどんどん暗くなっていく。朱雀は戸棚からランタンを出してきてデスクの端に置いた。去年はしょっちゅうこれを持ち出して警部と夜警をしたな、と思いながら、もう少し、もう少し、と報告書をめくっていく。
 街の大通りにはガス灯がいくつか灯っているし、庁舎の中にも各部署に配備されているのだが、今日は朱雀が居残り申請を出していないので点灯夫がやって来ない。朱雀はランタンの明かりの中で紙をめくった。気が付けば昼間に読んだ分と合わせて紙束の棟をまるまる一つ読破しており、おお、と朱雀は感嘆を漏らして瞬きをする。
 ずっと紙上の文字を追っていたからか、しぱしぱと目が乾燥して瞼が重い。それでも、目に見えて仕事が進んだことには胸が躍る。朱雀はその達成感を噛み締めながら、読んで仕分け終えた報告書の一山を手に取って持ち上げ、一辺ずつ机上に落として角を揃えた。
 振り返った窓の外は、空の下のほうがほんの少し明るくなりかけている。朱雀はランタンの明かりを消して外を眺めた。このまま警部が出勤してくるのを待っていようか。寮に帰ってしまったら次は遅刻しそうだ。
 朱雀は机の上を少し片付けると、そうして空けたスペースに腕を組んで胸を伏せ、べったり突っ伏した格好でじっと明かりを消したランタンを眺めた。
 街のガス灯は、そこらじゅうの小路にまでは配備されていない。だから夜警の警官はランタンを携帯する。そうすると片手が塞がって、有事の際に対応が遅れがちだ。だから夜警は特に二人組もしくはそれ以上で行動するようにと規則になっている。赴任してきたばかりの警部は一日でも早く街に慣れて街を頭に叩き込むため、昼でも夜でも街を歩き回っていた。朱雀はその供をして、夜にはこのランタンを持って、延々連れ回されていた。
 だけれども、本当は、元々は、朱雀は警部の隣にいるような役職ではなかったのだ。

*****

 肩をいからせて庁舎の廊下を歩く。すれ違う警官たちは、朱雀をまじまじ見たり、すぐに目を逸らしたり、様々だ。だが朱雀にはどうでもよかった。どうせ今日限りでおさらばなのだ。腫れた頬の痛みと口の中の血の味を飲み下して、朱雀はずかずかと庁舎のエントランスへ向かう。警官隊に加入して一か月、上官には既に辞職を叩きつけてきた。あとは寮を引き払って、やっぱり家業を継いだほうがマシだったと父に謝って忘れてしまおう。
 もはや一刻も早く警察を去ることしか考えていなかった朱雀は、図抜けて背の高い青年とすれ違ったことも、彼が朱雀を振り向いて立ち止まったことも気づかなかった。
 その朱雀の背に、聞き慣れない声がかかる。
「……おい、赤毛のお前、ちょっと待て。暴力事件の報告は上がってねえぞ、どこで殴られた」
「は?」
 まさか人に話しかけられると思っていなかった朱雀は、不機嫌も苛立ちもまるで抑えられないまま、取り繕うのが何も間に合わなかった顔と声で振り向いた。振り向いて、自分を呼び止めた青年が初対面の人間だと分かってから、やっと表面上のいろいろなものがかろうじて取り繕われる。眉間のしわをできるだけ減らし、いからせていた肩をすくめ、声のトーンを平常心まで引き上げて朱雀は青年を見上げた。
 不機嫌だし苛立っているし警察なんかもう誰も彼も嫌いだとまで思っていたが、初対面の人間に八つ当たりはできない。
 朱雀は、話を早く切り上げたいという雰囲気だけは伝わるよう、気怠げな調子を装って答えた。
「……あー、別に、事件じゃねえっすよ。教育的ご指導ってヤツです。……オレもう上がりなんで行っていいすか」
 すると、青年は何が面白かったのかフッと笑って、庁舎の奥のほうを指すと手短に答えた。
「救護室にならな。ついてこい」


 行っていいかとだけ訊いて、どこへと言わなかったのは確かに朱雀だが、救護室になら行ってもいい、という青年の返答は、朱雀にはいささか予想外だった。
 しかも、青年は朱雀に断る間も与えずにさっさと歩き出してしまい、朱雀は慌てて追いかける羽目になった。もう辞めるとはいえ、入隊一か月の新人にとっては、ほとんどの人間が自分より目上なのだ。その上、怪我の心配をされているらしいとあっては、黙って帰るわけにもいかない。
 結局、庁舎の救護室まで来てしまった朱雀は、殴られて腫れた顔をおとなしく洗ってから、示された椅子に座った。それから、備品棚を物色している青年の背中を横目に見つつ、苦虫の酢漬けが歯に挟まってずっと口の中にあるような顔でこぼす。
「別に、ちょっとやそっと殴られたくらい舐めときゃ治りますよ」
「てめえの体はそうかもしれねえがな。組織の癌は放っておいても直らねえ、詳細を話せ」
「……」
 どうやら、青年の狙いは傷の処置ではなく情報のようだ。組織内の足の引っ張り合いに利用されるのかと朱雀は勝手に予想して、眉間のしわを深くする。
 途端、消毒薬を染み込ませた脱脂綿に口元の擦り傷を襲われて、朱雀は思わず肩を跳ねさせた。我慢しな、と青年の静かな声が続いて、次は薬臭い脱脂綿をテープで貼られる。腫れた頬には手のひら大の氷のうが渡されて、朱雀はおずおずとそれを頬に当てた。
 そういや口ん中切ってるなら消毒するぞ、と青年は再び消毒薬の脱脂綿をピンセットに取ったが、朱雀は慌てて首を横に振った。そうか、と青年は頷いて、さっさと道具を片付けていく。
 実を言うと、青年の予想通り口内も少しは切れているのだが、それこそ舐めておけば治るくらいの小さな傷だ。わざわざ口の中に不味い消毒薬を塗るほどではない。
 朱雀は頬に氷を当てながら黙って床を見ていたが、道具の片付けを終えた青年は朱雀の制服の肩にある階級章を見て所属を読み上げた。
「市街警邏課第六班、か。班長は確か、体格のいい金髪の巡査部長だったな。殴ったのは班長か?」
「……まあ。上官に逆らうバカな部下への指導、だそうで」
 答えながら、朱雀は青年を見上げて観察した。階級章くらい警官なら誰でも読めるだろうが、朱雀も警察の末端ならその朱雀が所属する班もそこそこ末端だし、その末端の班どうしの連携も正直仕事にならないほど悪い。そんなお粗末な組織の中で、第六班というだけの情報からあっさり班長を割り出した青年が何者なのか、やっと関心が湧いたのだ。
 朱雀と同じく、青年の肩にも警察の階級章がある。朱雀がそこへ目をやったとき、青年が肩をすくめて溜め息をついた。
「金といい酒といい、あいつはろくな噂を聞かんな。それはそうと、お前も何があって殴られるほど逆らったんだ。悪いようにはしないから言ってみろ。……収賄の現場でも見たか?」
 すっと青年の声が低まって、何重かのレンズや目盛がついた眼帯に朱雀の姿が映る。朱雀はわざとらしく身を逸らして明後日を見ると片頬を吊り上げた。
「ハ、そこまで信用されねえっすよ、配属からふた月と経ってねえんすから。……そんな成り立てほやほやの巡査の話、警部様なんかが聞いてどうすんすか? オレに上官を悪く言わせて首を飛ばすとか?」
 青年の肩に示されていた階級を持ち出した朱雀は、口元だけは笑ってみせながら、じろりと青年をねめつけた。階級が高いということは、それだけ組織の中で実績を上げたのだろう。だが、朱雀の知る警察というものは、階級が上がれば上がるほど狡賢く、どれほど市民を救い守ったかよりも、どれほど他人を踏み台にして蹴落としたかこそが実績となるような集団だ。その中で、自分を殴った班長の巡査部長やそれを笑って見ていた警部補よりさらに上の警部など、到底信用する気になれない。
 でも他人の傷の手当てが上手い。そこが妙に引っかかって、朱雀はまだ警部の前を去れずにいた。他班所属の同期は、時々朱雀が怪我をしているところにかち合うとおっかなびっくり手当てをしてくれたが、うわー痛そうー、うわー、と毎回言いながら進めるので、多少手際は悪かった。毎回うわーうわーと声を上げるので、朱雀のほうが可笑しくなってしまって痛みを忘れられるという点では、けして悪くはなかったのだが。
 その同期と比べると、警部の手当ては淡々としていて速やかで、やけに手慣れているように見える。他人を蹴落として当然と思っているような人間が、手当てに慣れているなんてことがあるだろうか。警部という階級に対しては、信用できない、してたまるかと感じるのに、傷の手当てをしてくれた人物だと思うと、何かを期待しそうになる。朱雀の胸中でぶつかり合う相反する感情が、言動にまで半端に棘を生やしていた。
 しかし、当の警部は朱雀如きの言葉の棘など気にもならないかのように、少し瞬きしただけだった。
「用心深いくせに挑発的だな。自棄になるんじゃねえ。……配置替えくらいなら手配してやるが、首を飛ばすまではしねえし、誰にもさせねえ。庁舎で喋るのが嫌なら……そうだな、お前、もう上がりなんだろう。飯でも食いに行くか」
 そう言って立ち上がった警部は、ニッと笑って階級章つきのジャケットを翻した。


 朱雀を庁舎から連れ出した警部は、とりあえずといった様子で大通りへ向かいながら朱雀を振り返った。
「お前、このへんで良い店知ってるか? 実のところ、転任してきたばかりでな、どこが美味いのかまだよく知らん」
 朱雀は警部を追いかけながら見上げて、それから少し考えると言った。
「……。あんたのお眼鏡に適うか分かんねえけど。少なくとも、盗み聞きとか告げ口とかされねえ店なら知ってる」
「良い店知ってんじゃねえか。どっちだ?」
 警部がにやりと笑って、通りの左右を見比べる。警部に追いついた朱雀は、あっち、と通りの西側を指差して警部の先に立った。
 朱雀が警部を案内したのは、大通りの中心からは少し外れた小さな店だった。大通りから枝分かれした小路に入って三つ目の看板に「open」の札があるのを確認して、朱雀はそのドアを開ける。カラカラとベルが鳴り、店内でテーブルを拭いていたギャルソン姿の青年がぱっと顔を上げた。
「いらっしゃいませ! お好きな席へどうぞ」
「うす。……オレは、どこでもいいけど」
 朱雀が警部を振り向くと、警部は店内を見回して、一番奥のテーブルを示した。警部がテーブルの奥側に座り、店内が見渡せる場所を取ったなと思いながら朱雀が向かいに座る。二人が席に落ち着いてまもなく、さっきの青年が水の入ったグラスとメニュー表を持ってきて、警部が青年に問うた。
「一人で切り盛りしてるのか?」
「いえいえ、奥にキッチン担当がいますよ。それに、もう少し夕食時になれば、他の店員もやってきます」
「そうか」
 言われてみれば、一般的な夕食の時間より幾分早い。朱雀は最後に上官と殴り合いをしてきたのでそれなりに腹も減っているが、警部はどうだろうか。メニュー表を受け取った朱雀は警部の様子を盗み見た。警部はギャルソンの青年に紅茶の好みを訊かれている。青年は、いくつか警部の好みを聞くと頷いて、ごゆっくりどうぞと言い置いてカウンターへ戻った。
 ただし、朱雀はそれを訊かれていなかったので、警部が朱雀を見て言った。
「お前は何も訊かれなかったな。常連なのか?」
「あー、まあ……しょっちゅうじゃねえけど、何回かは来てる」
「そうか。穏やかでいい店だ」
「だろ」
「で、何が美味いんだ」
「……あんたはどのくらい食べるんだ。軽く済ますなら、フィッシュ&チップスに、特製ソースつけてもらうのが美味いけど。……紅茶が楽しみなら、スコーンかショートブレッドのほうがいいかもな。紅茶に合うジャム、選んでもらえるぜ」
 ちら、と朱雀がギャルソンの青年に目をやると、カウンターにいた彼はお任せくださいと言わんばかりにジャムの小瓶がずらりと並んだケースを傾けて見せてくれた。
 朱雀の視線を追った警部もカウンターの青年の様子を見て、ひょいと眉を上げると一つ頷いた。
「……そうだな、俺は紅茶とスコーンにしておく。お前こそ、どのくらい食べるんだ。殴り合いしたんなら腹も減ってるか?」
 くつくつと喉の奥で笑う警部を憮然として眺め、朱雀はメニューに目を落とした。時間のわりに腹は減っているが、殴られて口の中を切っているので、あまり沁みないものがいい。……いや、何を食うかではなくて、切っていない側に寄せて頬張ればいいのか。それなら自分の食いたいものを食おう。そこに気がついて、朱雀は改めて明るい気持ちでメニューを見つめた。目の前にいる相手は警察官としての階級こそ自分より上だが、自分は既に警察を辞めた人間なのだし、それならただの初対面どうし、何を遠慮する筋合いもあるまい。
「オレも決めた。……すんません、幸広さん!」
 呼ばれてやってきた青年に朱雀はスコッチエッグとスカンピフライを頼んで、警部も紅茶とスコーンに追加でフィッシュ&チップス特製ソース添えを頼んで、その注文をキッチンへ伝える幸広の背中を朱雀が眺めていると、警部が言った。
「配属から二ヶ月経ってない、んだったな。じゃあ、ここらへんは地元か? 店員とずいぶん気心知れてるようだ」
「いや、地元はもうちょい北のほうだ。けど、研修のときからこの街にいるから、……そうだな、この街には、一年ちょっとくらい住んでる」
「ほう……研修の時点じゃ辞めなかったんだな。まだまともだったか」
「……まーな。ちょっと教科書通りすぎて歯痒いこともあったけど、少なくとも事件の揉み消しは習わなかった」
 朱雀は眉を寄せて声を押し出した。
「ばあさんの家が荒らされて家族の形見がなくなったのも、市場通りのスリが調子に乗ってるのも、……街で人が死んでさえ、ろくに捜査も対策もしやがらねえ、金持ちに恩を売るときだけだ、あいつらが動くのは。路地裏の強請り集りだって止めもしねえよ、後から没収して自分の懐に入れてるんだからな」
 そこまで言った朱雀がグラスの水を飲み干すと、警部はじっと朱雀を見ていた。
「……お前、今言ったことの、はっきりした記録は出せるか? いつ、誰が、何をしたかしなかったか?」
「あ? あんま細けえことはさすがに覚えて……いや、被害届さえ残ってりゃ、日付は分かるぜ、被害届はもらったその日にオレが記録つけてたからな、下っ端の仕事だって。捜査課(そっち)こそちゃんと被害届見てんのかよ」
「……俺しか見てねえ、だろうな。だが、被害届となると、空き巣とスリは特定できても、強請り集りは難しいか」
 警部は考え込むように顎へ手を当てて、朱雀は思わずその様子をぽかんと眺めた。お互い何か言う前に、幸広が紅茶とスコーンを持ってくる。
「ブレンドティーとスコーンです。ジャムは紅茶にもスコーンにも合いますよ」
 その次にスコッチエッグ、フィッシュ&チップスと、次々持ってきた幸広が最後にスカンピフライを朱雀の前へ置いて言う。
「ご注文は以上でお揃いですか?」
「ッ、と、うす、えーと、あんたもだよな?」
 朱雀がハッとして警部を見ると、彼も幸広のほうを見て静かに頷く。幸広はふわっと朗らかに笑って、それではごゆっくりお過ごしくださいと一礼してカウンターへ戻っていった。朱雀はフォークを取って、半分に切られたスコッチエッグの一つを突き刺す。
 茹で卵を包む肉だねは、スパイスが効いていて美味い。付け合わせのマッシュポテトも滑らかな口触りで、朱雀はこの店が好きだった。スカンピフライは、小えびの殻が口内の傷に当たらないよう気をつけながらさくさくと頬張る。
 食べ進めながら朱雀が警部を盗み見ると、警部はゆっくり紅茶を楽しんでいるようだった。時々スコーンやチップスにも手を伸ばしている。とりあえず文句は言われなさそうだと朱雀は自分の皿へ目を戻し、スコッチエッグの次の一切れにフォークを刺した。
 しばらく黙って食事をしていた二人だったが、やがて警部が口を開いた。
「美味えな、特製ソース」
「だろ。ここでしか食えねえ味だぜ」
「赴任してきてよかった」
「ふは、そんなにか? ってか、そうだ、あんたは、いつ赴任してきたんだ。最近、だよな?」
「先週だ。前は帝都にいた」
 帝都。朱雀は瞬きをした。要するに首都、警察でも何でも、あらかたの仕事においてエリートが集まる場所だ。朱雀は憐れみ交じりに警部を見た。
「それがこんな田舎町に……なんかやらかしたのか?」
 警部はふふんと鼻で笑った。
「お前には言われたくねえな。上層部の機嫌を損ねて飛ばされただけだ。……まあ、任地は変われど昇進はしたし、面倒な人間関係も帝都に全部置いてこれたから、後悔や未練は特にねえがな。帝都生まれ帝都育ちってわけでもねえし……心機一転ってやつだ」
「ふうん……大変なんだな、あんたも」
「誰だってそうさ。……だから、その大変な新人警官殿に打診なんだが」
 に、と警部の唇が弧を描く。
「警邏課に嫌気が差したなら、捜査課はどうだ? 俺の直下で動ける駒を探していたんだ」

*****

 それが、朱雀と警部の初対面だった。警部に誘われ、警邏課から捜査課に移った朱雀は、警部に街中連れ回されてはあちこちの事件だの汚職だの怠慢だのに嘴を突っ込み、少しずつ街の平和に貢献してきた。その間に深まった絆も信頼もあったはずだ。ずっとあの頃のままなら良かったのに、と、朱雀の胸が小さく痛む。
 玄武の声は、もう遠い。朱雀は耳を澄まして、でもそこからは動かなかった。じっと玄武の声を聞いて、けれども、声が近く――いや、大きく?――なってくることに首を傾げる。
 そういえばここはどこで、声のわりに見当たらない玄武はどこにいるのだろうか――
「……く、朱雀、おい」
「ッ、え!?」
 警部の低い声に揺り起こされて、朱雀はぎょっとして肩を跳ねさせた。慌てて周囲を見回して、部屋の中も窓の外も明るいのを確認する。庁舎のデスクに突っ伏して、朱雀は眠っていたようだった。
 そうと自覚して、朱雀は恐る恐る警部を見上げた。出勤してきたばかりのようで、コートも着たままの警部は舌打ちして吐き捨てる。
「さっさと帰れと言っただろうが」
「わ、わりい……」
 朱雀は小さくなってぼそぼそ謝ると、でもよ、と机の一画を指した。
「一晩でこんだけ終わったんだ、だからその、資料整理、もうすぐ終わる」
 警部の顔色を窺いつつ、へら、と朱雀は笑って見せたが、一方の警部は眉を吊り上げたまま朱雀を睨んでいた。
「『一晩』なんぞで計算して得意になるな。今日のお前はもう使えねえ、帰れ。馬車に撥ねられでもしねえようにせいぜい注意するんだな」
「な」
 頑張ったのに。思わず椅子を蹴立てて、朱雀は危うくそう言いかけた。しかし、そのガキくさい反抗はなんとか飲み込む。代わりに小さく拳を震わせて、朱雀は努めて平静に声を上げる。
「……つ、使えねえ、って、何だよ。オレは」
「ちょっとくらい寝なくても平気だと? だからてめえは馬鹿だっつうんだ。俺たちの仕事は書類をまとめることか? 今この瞬間どこぞで強盗でも起こったとして、その干からびてカラカラ鳴るような頭と体で適切な判断と捕縛の遂行ができんのか? 邪魔だ。帰れ」
「そんっ……」
 言い返すことができなかった。この人の役に立ちたかった、けれども役に立てなかった、それだけだ。言い返そうとしたところで、朱雀自身の目的すら遂げられていないのだ。朱雀の胸の中で、しゅるしゅると何かがしぼんでいく。
 急に黙り込んだ朱雀を不審に思ったのか、警部が眉を寄せて口を開いた。
「体調が悪いなら、先に医務室で休んでから帰れ。……熱は」
 警部が背を屈めて朱雀の顔を覗き込み、額へ手を伸ばしてくる。朱雀は踵を返して警部の手を躱し、声を小さく絞りだした。
「……ない。帰る」
「お前、……」
 警部はまだ何か言いたそうだったが、朱雀は続きを聞くのが怖くて手早く立ち去る。出入口は警部の横をすり抜けたほうが早いのだが、朱雀は踵を返した勢いのまま、班の机を大回りして部署を出た。
 その背中に、淡々とした警部の声がかけられる。
「人や車に気をつけろよ。明日は普段通りに来い」
 その語尾に、部署のドアが閉まる音が続く。ドアが閉まり切ってから振り向いた朱雀は、少しだけその場に佇んだ。
 ――明日も来ていいのか。
 挽回のチャンスはまだ望めるらしい。しばらくドアを見ていた朱雀は、やがて身を翻して庁舎を去った。


 それから朱雀は、人々が活動を始める朝の街を淡々と横切ってまっすぐ警官寮へ帰った。寄り道も買い食いもせず自分の部屋に戻り、塗装の剥げ始めたドアを開け、自分の体を室内へ滑り込ませてすぐにドアを閉める。そのドアに内鍵をかけたガチャンという音が、他に誰もいない玄関でやけに大きく響いた。
 その音の余韻すら消えても、朱雀は内鍵を閉めた格好のまま立ち尽くしていた。動く気力の湧かない体は、鉛のように重い。その体をどうにか動かそうと、朱雀はその場でいくつか呼吸を数えたが、それでも玄関ドアに背を預けるのが精一杯だった。
 玄関から縦に長い寮室は、備品の簡素なベッドに至る数歩が遠い。朱雀は結局、ずるずるとその場に座り込んだ。ドアにもたれた背中からは、鉄扉の冷たさが染み込んでくる。
 左右は別の寮室だから、細長く狭い寮室の窓は一番奥の一つきりだ。その窓から遠い玄関は薄暗く、頭を垂れて膝頭に額を落とすと、視界は夜のように暗くなる。朱雀はそのまま目を閉じた。
 恋人として玄武を支えられないなら、せめて部下として優秀であろうと思った。せめて、せめてと苦手な書類に向かい合って、時間を忘れて、視線とペンとを走らせて。
 その結果として警部に迷惑をかけていること、そこに思い至らない自分自身、何もかもが疎ましくて、次に目を覚ますことさえ嫌になる。それでも警部が望む限りは、少なくとも明日は、目を覚まして庁舎へ行かなければならない。朱雀は玄関でうずくまったまま少し息を吐き、やがて、かすかな寝息を立て始めた。


 どれほど時間が経っただろうか。いつの間にやらすっかり眠っていた朱雀は、玄関ドアに預けていた背中からガンガン音と揺れが伝わってきて大慌てで立ち上がった。容赦なくドアが殴られているので、寝ぼけ声ながらもその音に負けないよう必死に返事をしてドアを開ける。
 するとその先にいたのは、明らかに不機嫌な顔をした警部だった。
「警部」
 ぽかんと声を上げて警部を見上げる朱雀とは反対に、警部は屈み込んで手袋を外し、ドアの下のほうに手の甲を当てる。やべ、と目を逸らす朱雀に、鉄扉の温度を確かめて立ち上がった警部は険しい声音で問うた。
「……ドアを叩いて、まさかとは思っていたが。こんなところで寝ていたのか?」
「ハハ……」
 朱雀がドアにもたれて寝ていたのでは、叩いた響きも違うだろうし体温も移っているだろう。言い訳できないので朱雀が笑ってごまかしていると、警部は小さく嘆息した。その動きとともに、警部が片腕に抱えている無地の紙袋がカサリと鳴る。
 警部はその紙袋を一瞥してから話題を変えた。
「お前、昼飯は」
「え、今そんな時間なのか……」
「まだみてえだな。上がるぞ」
「え゛っ」
 ぎょっとした朱雀の脇を抜けて上がり込んだ警部の背中に、いやうち何もねえから、と朱雀は慌てて声をかける。住人の生活よりもとにかく部屋数を優先して建築された寮なので、食材どころかキッチンもない狭い部屋なのだ。
 警官寮の仕様くらい警部も知っているだろうに、と朱雀が玄関を閉めて警部の後を追うと、警部は狭い部屋の端についているテーブルの上に紙袋の中身を出しているところだった。
 朱雀が追いつくと警部が振り向き、テーブル奥側の椅子を朱雀に示す。
「警官寮の仕様は把握してる。ベッドとクローゼット、テーブルが造り付けだろう」
 しかしどこの寮も狭いな、と、しみじみ言いながら警部は備品の椅子に座った。親しかった頃も他の入寮者を慮って、警部が朱雀の部屋――というか警官寮に来ることはなかったが、その口ぶりから察するに、よその警官寮に住んでいたことはあるようだ。そりゃ警部にだって新人時代くらいあるか、と朱雀は納得して、しかしまだ緊張は解けないまま、警部の向かいの椅子に座った。
 警部が紙袋から机に出して並べていたのは、いつも庁舎にやってくるベーカリーのパンだった。包み紙の印刷からそうと分かるが、包み紙のおかげで、どれが何のパンなのかはよく分からない。
 警部もそこに初めて思い至ったのか、眼帯がないほうの目をぱちくりと瞬かせる。それから、おそらく何も考えず選ばずに紙包みを一つ取った。
 その包みを剥きながら、朱雀にも包みを取るよう促す。
「……惣菜パンが何個かある。どれがどれだか分からんが、好きに食べるといい。甘いものは、ジャムロールとクロワッサンだったか……? 紅茶の瓶は一本ずつだ」
 そう言いながら警部が剥いた包みの中身は、上のほうに切り込みが入った丸いパンだった。朱雀も前に買ったことがあるが、確か中身はポテトサラダだった気がする。意外に大きい口を開けてパンへ食いつく警部に、朱雀はおずおずと訊ねた。
「あの、……何で」
 警部は朱雀を一瞥すると、口の中のものを飲み込んでから答える。
「お前が、俺にしてくれたことだろう」
 そうだっけ、と朱雀は内心で首を傾げた。しかしすぐに、件の記憶が浮かび上がってくる。警部の家のドアにかけるのが限界だったバスケットは、好意的に受け取ってもらえていたらしい。
 朱雀の肩から少し力が抜けて、わずかに表情が緩んだ。机の下で知らず知らず握っていた手がようやく机の上まで動き、紅茶の瓶を片方貰って開ける。
 その紅茶で喉を潤して、でもまた朱雀が机の下に手を引っ込めると、警部は探るように視線を動かした。しかし警部は何も言わずに自分の手元へ視線を戻し、もう一口パンを食べる。
 朱雀はぼんやりそれを眺めて、警部の唇や喉元が動くのを見ていた。まだ夢を見ているような気がして、何か食べようという気が起きない。かわりにちびちび紅茶を飲みながら、目の間にいる警部を観察する。
 顔色は健康的で、食べる動作は澱みない。その様子に安堵する一方で、やっぱりあの頃は顔色が悪かったよなと朱雀は過去に思いを馳せた。
 つまるところ、玄武の顔色を損なわせていたのは朱雀だったのだろう。ちゃんと気づいて、早々に認めていれば、もっとましな終わりがあったかもしれない。朱雀は視線を落として、簡素な造り付けテーブルの板目を見つめた。様々な後悔を、それでも紅茶と一緒に飲み下す。少なくとも紅茶は、舌の上にいるうちは渋くとも飲み込めば口の中をすっきりさせてくれた。
 一方、ポテトサラダのパンを黙々と食べ終えた警部はもう一つ紙包みを取って、包みを剥きながら朱雀に言った。
「俺は庁舎に帰るからさっさと食ってるが、お前は好きなときにゆっくり食べるといい。まだ頭ん中寝てそうだし、後で腹が減ってからでも食えるものばかりだ」
 二つめの紙包みを剥いた警部は、出てきたベーコンロールを言葉通りさっさと平らげていく。ぼうっとそれを見ていた朱雀は、警部が食べ終わって紅茶の瓶を傾け始めてから尋ねた。
「何か……他に用が、あったのか。わざわざ寮まで……」
「ああ」
 警部は頷く。朱雀は内心で少し身構えた。警部は、普段通りの変わらぬ調子で続ける。
「お前に話があって来た。……昨日今日だけじゃねえ、お前、ずっと様子がおかしいだろう」
「……」
 そうだとも違うとも答えあぐねて、朱雀は中途半端に口を開いたまま目を逸らした。警部は朱雀のその様子には言及せず、紅茶の瓶を片手に続ける。
「今の警察の仕事は、大きく分けて二つだ。従って組織も二つに分かれる。警邏課と捜査課……お前、元々は警邏課だったな」
「……、おう」
 朱雀もちょうど、夕べにはその当時を思い出していたところだ。だからこれには返事をすることができた。警部も頷く。
「それを俺が引き抜いた。……お前、俺の下で捜査課の仕事をして、それでどう思った。やってみて、警邏と捜査、どちらが性に合っていると思う」
「……」
「お前が警邏課に馴染めなかったのは、当時の部隊が腐っていたからだ。それなら既に一新した。今の警邏隊なら、当時のお前が理想にしていたような仕事ぶりを発揮できるはずだ。……捜査課に引き抜いたのは俺の都合であって、お前の志望じゃない。今の仕事が合っていないんだとしたら、それは引き抜いた俺の責任だ。だから……警邏課を一新した今、改めてお前の志望を聞きたい。最大限、次の人事に反映しよう」
 今でもまだ警察を辞めたきゃそれでもいい、紹介状の一枚くらいは書いてやるから必要なら早めに言え。警部はそこで言葉を切った。朱雀の返事を待っているのだろう。朱雀は、紅茶で喉を潤す警部を見ながら考えた。
 これは、遠回しなクビ宣告、あるいは異動勧告なのだろうか。一応、朱雀に選択の余地を見せているだけで。
 閉じきっていなかった朱雀の口から言葉が落ちる。
「……今、役に立ててねえもんな……」
 警部の隻眼が瞬いて朱雀を見た。朱雀は、彼が何かを言う前にと急いで言葉を組み立てる。
「……あんたの、役に立てる場所がいい。でも、オレじゃ分かんねえから……あんたが決めてほしい。どこにいたら、役に立てるか」
 朱雀は紅茶の瓶をテーブルに置き、その下にある脚の間で椅子の端を握りながら笑顔を作った。
「遠くてもいいぜ。……どこか……どこかで、役に立てるなら。警察じゃなくても」
 製本、それか製紙の工場なんか良いかもしれない、と朱雀は頭の端で考えた。本の中身は朱雀には書けないけれども、本という物体そのものを作るなら、朱雀が役に立てるような力仕事や機械仕事もあるだろう。そうやって間接的にでも朱雀の関わったものが、ひょっとしたらいつか本好きの玄武の手に渡るかもしれないと思うと、十分頑張れる気がした。玄武の好きなものに朱雀が関わるなんて、玄武がどう思うかは分からないけれど。
 朱雀は続けた。
「平和で豊かな街を作る、……あんたの、その夢を叶える手伝いがしたい。それができる部署ならどこでもいい。反対に、今の場所にいてもあんたの邪魔になるなら、未練はねえ、どこでも、……あんたが納得するところに入れてくれ」
 朱雀自身、あまり良い答えではない、というのは自覚があった。けれども、現在進行形で仕事に躓いている朱雀では、これが限界でもあった。自分に何ができて、それがどこで役立つのか、見当をつけることさえ難しい。
 意志の定まっていない返答は、警部の𠮟責を食らうだろうか。そう思いながら朱雀がそっと警部を見ると、彼はじっと顎をつまんで何か考え込んでいるようだった。
 だから朱雀も黙って警部の考えがまとまるのを待って、その間に再び紅茶の瓶を手に取る。飲みかけにしていた紅茶の残りをゆっくり飲んで、あと一口分になったところで、警部がようやく顔を上げた。
「……、起き抜けに訊くことではなかったな。答えは急がなくていい、……じっくり考えて、希望が決まれば申告しろ」
 そう言って、警部はガタンと席を立った。朱雀が室内の時計を見ると、昼休憩はそろそろ終わる時間だ。テーブルの脇に立った警部は、その手をテーブルから離す前に言った。
「……部署の希望が特になければ、決まるまでは今のままだ」
 はたと朱雀が目を瞬く。朱雀が顔を上げると、警部はすいとドアのほうを向いた。
「役に立たないとは思っていないし、邪魔だとも思っていない。……せっかく育てた部下をよそへやるのは惜しいが、強制的に引き抜いた部署よりは、本人の行きたい場所が良いかと……思っただけだ。行きたい場所がまだ曖昧なら、その間は今の席を使え」
「……いいのか」
「お前の席だ」
 警部は断言して、それから朱雀の顔を見た。
「ただ、体調不良や判断ミスが続くようなら、こちらで配属や異動を考えることになる。使い潰したいわけでもねえからな。……体調管理は、自分でできそうか?」
 朱雀が頷くと、警部が眼帯のないほうの目を細めて満足そうに笑った。それならまた明日、と警部が帰っていく。
 朱雀は慌てて玄関まで警部を追い、振り向いた警部に言った。
「警部」
 ドアノブに手をかけようとしていた警部が、朱雀の言葉を待って手を引っ込める。朱雀はぱくぱくと何度か口を開く練習をして、それからやっと拙い言葉を絞り出した。
「ありが、とう。それから、」
 朱雀の心臓がどくどく跳ねる。何でもない言葉だ、不自然でも不躾でもない、警部も使っていた言葉だと何度も自分に言い聞かせてやっと言葉を継いだ。
「……また、明日」
 ふ、と警部の面差しが和らぐ。無機質で簡素な寮室の玄関へ急に陽が差したようだった。惚ける朱雀に、待っている、と言い残して、警部が庁舎へ戻っていく。
 警部が去った玄関で、朱雀はへなへなと座り込んだ。緊張が一気に去った体は、しかし嫌な重さではない。寮室の玄関は、窓から一番遠い本来の薄暗さを取り戻している。
 しばらくぽうっとしていた朱雀は、やがてぐぅと腹が鳴って我に返った。慌てて玄関から立ち上がって、警部が持ってきてくれたパンの包みを剥く。
 ホットサンドの中身は、コンビーフとわずかばかりのレタスだった。塩気の強いパンを齧りながら、朱雀は考える。礼をしなくてはならない。何がいいか、食べ終わったら買いに行こうかと思いながら、朱雀は黙々と半日以上ぶりの食事を取った。
 惚れた弱み、なんて、そう思うことさえおこがましいのかもしれない。それでも、もう一度頑張ってみよう、と、たった一瞬の微笑みひとつで気力が湧いてしまう。その気力をよこしまなものだと忌避する気持ちは、今の朱雀にはもうなかった。
 自分の気持ちを忌避して削ぎ落とそうとして警部に迷惑をかけた、それならもう、削ぎ落とせるものではないのだと向き合って生きていくしかない。どうあっても、今しばらくは玄武のことを好きなままだろう。諦めだったり慣れだったり、いつか燃え尽きる日か温度の変わる日が来るまで、精一杯好きなままでいたい、と朱雀は思った。そのほうが尽くせる気がしたし、頑張る力も湧くだろうと思った。ちょろい男と思われてもいいから、玄武が自分をうまく使ってくれればそれで良かった。
 塩気の効いたホットサンドを食べ終えて、次に開けたジャムロールでさえもしょっぱい気がする。朱雀はゆっくり、そして腹いっぱい食べて、玄武にどんな礼をしようかと考え始めた。そしてふと、クローゼットの奥からレターボックスを取り出してカードを探す。
 以前警部から貰ったチョコレートの店名が、カードの裏に入っていたはずだ。朱雀は箱の中からカードを探し当てて、無事に店名を見つけた。それから、カードの表側をじっと見る。警部の角張った筆跡で書かれたカードは、いつかのバレンタインに貰ったものだった。
 ――貴方が私にとってどれほど意味があり、どれほど幸せにしてくれているか、貴方が知っていますように。
「…………」
 定型文である、とは朱雀も知っている。同じ文が印刷されたカードも見たことがある。手書きするならもっと短くて楽な定型句もあっただろうに、と思う。
 この頃はまだ、玄武も朱雀を好いていただろうか。懐かしい思い出がひとつ彩度を取り戻す。かつて胸の奥底へ押し込んで鍵をかけた思い出をそっとしまい直して、朱雀は、出かける前にシャワーを浴びるためクローゼットの扉を閉めて踵を返した。


 翌日、朱雀はカードに書いてあった店の焼き菓子をいくつか見繕って警部に渡した。小切手のときと違って、あるいはそのときのやりとりを踏まえてなのか、警部は朝のデスクであっさりそれを受け取り、ふっと笑う。
「気を遣わなくてもよかったんだぞ」
「でも……これも、あんたがしてくれたことだからよ」
 デスク越しに菓子店の紙袋を渡した朱雀が警部を真似て言うと、警部は、そうかと穏やかに頷いた。椅子にかけ、手の中の紙袋をしみじみ眺めている警部の様子を見て、朱雀は意を決して口を開く。
「……あのよ、配属の、ことだけど」
「ああ」
 眼帯のない警部の左目が、穏やかなまま朱雀を見上げる。それが本当に穏やかなのか、そう装って内心を隠しているのかは、今の朱雀には分からなかった。朱雀もまた、緊張を押し隠しながら言葉を繋げる。
「その、……確かに、ここは自分で希望した部署じゃねえけど……けど、あの頃、警察全部嫌になってたオレの前で、あんたが全部変えていって……だからオレは警察、続けようって思って」
 警部の目がぱちりと瞬く。そうか、と警部は相槌を打って、心なしか目元を和らげた。それが気のせいだとしても朱雀は嬉しくなってしまって、けれども警部にそうと伝わってしまわないように慌てて表情を引き締める。
「……っその、だから……今はちゃんと、自分で、この部署がいいって思ってて……よそへ行こうとかは、自分では思ってない、……あっいやあんたが仕事を任せてくれるならどこでも頑張るけど、今の仕事が嫌とかそういうのは無いって話で……」
 今の配置に満足している、しかし警部の意向があるならそれに逆らうつもりもない――どう言えばそれらの気持ちがちゃんと伝わるのか、朱雀がおろおろしながら言葉を重ねていると、警部は小さく吹き出した。
「っふふ、分かった、分かったから落ち着け」
 警部はくつくつ笑いながら、朱雀が渡した焼き菓子の袋をデスクに置いた。それから警部は右手の手袋を外して、その場で椅子から立ち上がる。
「それなら、これからもよろしく頼む。……頼りにしている」
 そうして差し出された警部の手に、朱雀はすぐには反応できなかった。自分がそれを握り返して良いものか、腹の底が一瞬だけ厭に冷えて体が固まる。しかし、警部に恥は掻かせられない、と、朱雀は慌てて自らも手袋を外した。慌てすぎてあちこち関節に引っかけながら手袋を外し、服の脇腹のあたりで手汗をがしがし拭ってから警部の手に右手を伸ばす。その朱雀の手を警部が握って、朱雀もまた、同じくらいの力で握り返した。
 そうして握手をした後に、警部の手がするりと解かれる。朱雀も手を引っ込めながら、内心でほっと息をついた。手袋を嵌め直す警部の顔に不快感は見受けられない。握手はつつがなく済んだようだ。
 朱雀も、慌てた挙句ポケットに突っ込んだ手袋をしっかり広げて嵌め直し、何度か手を開閉して皺を直しつつ具合を確かめる。それからやっと握手を噛み締めて、朱雀は、良くないと分かっていながらも、頬が緩むのを堪えきれずにふやりと笑った。
「……あんたの、期待に応えられるように頑張る」
 もうとっくに終わってしまった関係なのだから、本当は、好意も歓喜も隠したほうがいい。でも、隠しきれずに気色悪い様子を晒すよりは、部下や後輩としての可愛げを装って表に出してしまったほうが取り繕える。朱雀はそう考えて、それを実行して、警部に何か言われる前にぱっと身を翻すと部署の自分の席へ戻った。
 ちょうど良く始業の鐘が鳴って、朱雀はいそいそとデスクの紙束を手に取る。警部も自分の仕事に取り掛かったようだ。朱雀は、手に取った紙束がまた何年も前の報告書と見てうへえと肩を竦めたものの、ちゃんと中身に目を通して一件ずつ仕分けていった。




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