酒は呑んでも<狛治x恋雪>

『私は狛治さんがいいんです』
満開の花火の下で、恋雪にそう告げられた日から数日後。
久しぶりに翌日の鍛錬はお休みと師範から義父にもなることとなった慶蔵より狛治は告げられた。
慶蔵の計らいで可愛い娘と可愛い弟子にゆっくり過ごす時間を与えてあげようと考えたのだろう。明日はみんなゆっくり過ごそう、と慶蔵は二人に話した。
素流道場に拾われてからというもの狛治は一日丸々休むなんてことはなかったし、休みたいとも思ったこともなかったのだが恋雪がキラキラした瞳で一緒に居られることを楽しみにしているのを見ると心が踊った。
もちろん看護で傍にずっといることはこれまでも沢山あったが、それは恋雪が伏せっている前提だ。
楽しく過ごす所ではない。
恋雪が少しずつ元気になってきたら逆に狛治の鍛錬はよりハードになっていた。
つまりこれまで同じ家にいながら二人きりの時間は数える程だった。
それが、遂に公に一緒にいる時間を増やすことができる。
その嬉しさに二人とも喜びを隠せずにいた。

そんな気の緩みが、狛治の酔いを廻らせたのだろう。
明日は好きなだけ寝坊していいんだからな、と言う慶蔵に恋雪がそれなら、と夕飯時に酒を出したのが運の尽き。
そもそも狛治も慶蔵も驚くほどザルで、浴びるように酒を呑む。
恋雪も嗜む程度には呑んでいたが、理性を保てるレベルで抑えていた。
日本酒の一升瓶が二、三本畳に転がり次に空けた瓶も半分くらい進んだところで慶蔵がそろそろ俺は部屋に戻るわ、と言いフラフラと自室に向かってしまった。
恋雪は千鳥足の父を心配そうに見送ると、慶蔵が居なくなったことで気が抜けたのか畳に横になってしまった狛治の傍に近づく。
「狛治さん、大丈夫?」
ちょっと呑み過ぎじゃないかしら、と恋雪は心配そうに狛治の顔を覗き込んだ。
すると、へら、と緩んだ笑顔で狛治は笑って恋雪の頬に手を伸ばす。
「恋雪さん、俺ァ幸せです」
恋雪の頬を何度も撫でながらへへ、と笑う狛治に恋雪は頬を赤らめる。
「狛治さんたら!酔っ払ってますね!」
恥ずかしそうに、でも嬉しさを隠せずに恋雪は狛治の手を両手で抑えた。その様子に狛治は思わず胸を掴まれ起き上がる。
あまりの恋雪の可愛さに我慢できず、思わずぎゅっと抱きしめてしまった。
「は、狛治さん?」
恋雪は驚いたように上擦った声で狛治に問いかける。
その声に狛治は更に腕に力を込めた。大事にしたいのに恋雪が可愛すぎて、抱きしめる力が思わず強くなってしまうのだ。
「狛治さん、痛……」
掠れた恋雪の声にはっとして狛治は腕を緩める。
「すみません、恋雪さんが可愛すぎてつい」
慌てて弁明をする狛治に恋雪はふふ、と笑って続けた。
「大丈夫ですよ。狛治さん子供みたい」
その瞬間、恋雪の笑顔が愛おしくて愛おしくて仕方が無くなった。そのままの勢いで思わずその可愛い唇に自らのそれを押し付ける。
ちゅ、ちゅと啄むように繰り返す口付けに狛治から漂うアルコールの香りと相まって恋雪はクラクラしてしまう。
「は、狛治、さん……」
唇が放れる合間に吐息のように零れる恋雪の溜息のような声に狛治も脳がバーストするような感覚に襲われた。
しかし。
終わりは突然に来るもので。
狛治の敗因は飲みすぎということだろう。
突然狛治の動きが止まったかと思うと、恋雪の肩に頭を預けそのまま寝息を立てて寝落ちてしまった。
恋雪はホッと息をつくと、狛治をゆっくり畳に寝かせトトっと部屋の端に向かい掛け布団を持ってくると狛治にかけた。
眠っている狛治の顔はいつもよりも幼く見える、恋雪は愛しさが込み上げる。
そのままスヤスヤと眠る狛治の額にチュッと口付けをすると『おやすみなさい』と声をかけ、自分の部屋に戻ることにした。
本当は横で一緒に寝ても良かったのだが、下手に体が冷えるとまた熱が出てしまったりすると二人に迷惑をかけてしまう。
大人になってきた恋雪は自分の体調を少しづつ管理することができるようになってきたのだ。
そういう理由もあり、自室に戻ると恋雪は布団に潜り込む。
先程の狛治の口付けを思い出して少し頬を赤らめながら、しかし口元は緩んでしまいつつ。


翌朝。
驚くほどの頭痛と気持ち悪さに狛治はフラフラと起き上がる。
ああ、昨日師範と恋雪さんと一緒に酒を交わしたのだと思い出す。
しかし今まで経験したことの無い二日酔いに思わず頭を抑えた。
そこに水を持って恋雪が現れる。
「狛治さん、大丈夫?」
出会った時のような心配が滲むその声に狛治は顔を上げた。
朝日が恋雪の後ろから照らし、俺の嫁さんは女神のようだと狛治は思う。
狛治は渡される水を受け取り、一気に飲み干した。
「恋雪さん、すみません……俺、昨日の記憶が……」
痛む頭を押さえつつ、弱々しい口調でこゆきを見上げながら狛治が尋ねると、恋雪はサッと顔を紅潮させた。
「あ、あの、あ……べ、別に何もありませんでしたよ」
明らかに動揺している恋雪に、狛治は二日酔いの気持ち悪さなんてどこへやら。慌てて自分が何をしたのかと焦り出す。
もしかして無理やり彼女の体を暴いたりしてしまったのか、そう考え顔が青ざめる。
そんな狛治の様子に恋雪も慌てて言い繕う。
「ち、違うんです!ぎゅっと抱きしめてくださって、えと、口付けを……!」
真っ赤な顔で俯きながら囁く恋雪に、狛治はそれだけか、とほっとすると共に順を追って関係を深めるつもりが昨日の俺は何をやってるんだ!と頭を抱えた。
「恋雪さん、申し訳ありません!」
無理やりそんなことをしてしまい、と続け頭を畳につけるほどの土下座をする狛治に恋雪は恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに笑った。
「そんなに気にしないでください。また、ね……?」
父にバレないようにそっと耳元で囁かれた恋雪の言葉に狛治も全身真っ赤になって倒れてしまった。
完全ノックアウト。
そんな狛治の頭をよしよし、と撫でて恋雪はお恋雪の後ろ姿を見送りながら洗濯に行ってきますね、と踵を返した。
俺の嫁さんは凄い人だ……と狛治は呟いた。

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